『コントが始まる』6話。芸人を辞められる潤平(仲野太賀)と辞められない春斗(菅田将暉)の差を考える

鳴かず飛ばずの日々を過ごすお笑いトリオ『マクベス』の春斗(菅田将暉)、瞬太(神木隆之介)、潤平(仲野太賀)。正式に解散が決まり、残された日々を過ごすマクベス。解散後の未来が見えなくなっているのは3人だけでなく、潤平の恋人・奈津美(芳根京子)、マクベスを心の支えにして来た里穂子(有村架純)もまた同じように岐路に立たされていて……。

『コントが始まる』が、マクベスというお笑いトリオの解散により人生の転機を迎える若者たちを描いた群像劇だと仮定すると、一体誰が幸せになって、誰が不幸になるのだろう。

春斗(菅田将暉)、潤平(仲野太賀)、瞬太(神木隆之介)、里穂子(有村架純)、つむぎ(古川琴音)、そして奈津美(芳根京子)。全員がいい方向に向かってほしいのはやまやまだけど、このうち何人かはだいぶ怪しい気もする。

早くも迎えた潤平の最終回

潤平は、5話で「もう平凡じゃないフリするの疲れたわ」と芸人でい続けることの辛さを吐露している。舞台上ではもちろん、バイト先などオフの場でも少なからず明るい人間を演じていたのだろう。潤平は疲れたのだ。

潤平は芸人になる前から彼女の奈津美の前で大袈裟におどけていた。しかし、これが無理していたかというとそうでもないのだろう。高校時代、奈津美のために723(なつみ)という車のナンバープレートの写真を72枚も集め、20名以上のサッカー部の後輩たちに芸を仕込んで告白した。奈津美は面白さよりも、その人望の厚さに惹かれた。

付き合って以降、芸人になって以降も、潤平は奈津美に大袈裟なサプライズを行っていた。ただ、これが高校の時と同じ純粋な気持ちでやれていたのかはちょっとわからない。奈津美の周りにいる立派な大人たちに対する対抗手段だったのかも知れないし、自分が大人になることが怖かったのかも知れない。

マクベスの解散が決定した潤平は、奈津美と付き合い続けることに自信を無くしてしまう。言い方は悪いが、「売れない芸人」という弱者の盾を失ったため、これからは奈津美と対等にならないといけないからだ。

「潤平よりも魅力的な人はたくさんいると思うし、これからも出会いはあると思う。でも、潤平みたいなやつには出会わないと思った方がいいよ」

潤平と奈津美に異変を感じた春斗は、奈津美に提案する。潤平が奈津美に仕掛けようとして失敗した、ウエットスーツを着て浴槽から飛び出すサプライズを仕掛けたのだ。自分と同じようなバカをやってくれた奈津美のおかげで、潤平は自信を取り戻す。実家の酒屋を継ぐという自分の進路に決意を固め、胸を張って伝えたのだった。

このドラマにおいて、潤平と奈津美は最終回を迎えたと言ってもいいほどの結末を手に入れた。もはや、「マクベスもう一回やりたい!」とか言い出さないでほしいほどのハッピーエンドだ。

春斗の「何もわかんないから」の意味

潤平は芸人として売れることに代わって、奈津美を幸せにするという明確な目標を手に入れた。一方の春斗は、自分の進路に迷っていた。いや、迷う前の段階で、スタートラインに立つ方法すらわかっていないような状態だ。もちろん、目標なんてない。

どうしていいかわからない春斗は、「俺なんにもわかんないもん」と里穂子に弱音を吐いているが、この言葉のリアリティはすごい。この記事を書いている僕は数年前まで売れない芸人で、解散と引退というものを経験している。当時31歳だった僕は、まさに何もわからなかった。「31歳なんていくらでもやり直しきくでしょ~」なんてよく言われたが、その言葉の意味すらわからなかった。

いい歳なのに社会のことがわからない。朝同じ時間に起きて、同じ時間に家を出る、という当たり前の感覚すら失っていて、知識も社会適応能力も高校時代で止まってしまっている。まともな大人と言われている人間が、まわりにいない。いや、いたにはいたのだが、彼らのことは見ないようにして生きてきた。じゃないと、芸人なんてやってられなかったから。

社会性が高校で止まっている春斗は、オフィス街できったないママチャリにまたがって奈津美を待っていたが、その異常さがわかっていなかった。全てはこのシーンに集約されていると言える。きっと春斗は僕と同じようにちゃんとした大人になる方法を知らないし、やってはいけないことと、やらなければいけないことがわかっていないのだ。

立派に働いているみなさんが社会に出た時、きっと先輩たちにいろいろなことを教わったと思う。名刺の渡し方なのか、お金の流れなのか、上司や取引先に対する我慢なのか、社会に対する自分という存在の置き所なのか、僕はそれらを経験していないからよく知らないが、春斗が今社会に出るというのは、そういう経験の全てをすっ飛ばして、28歳の立派な大人になるということなのだ。

実家の酒屋を継ぐ潤平とやバイト先の居酒屋で正社員に誘われている瞬太と比べて、春斗は圧倒的にヤバい。だが、僕が思うに、春斗が芸人を辞めるとマズイ理由は他にもある。

春斗は辞めるべきではない理由

潤平は芸人であることに疲れてしまっている。対する春斗は、直接的な表現こそないが、芸人として心が折れていない気がする。

あくまでマクベスが解散するからお笑いを辞めるのであって、自分が売れている芸人より下だなんてまだ認めていないし、自分に何が足りていないのかも自覚していなそうなのだ。この心理状態で辞めると、メンタル面で次のスタートを切れない可能性が出てくる。

なんとか社会に出られたとしても、比較するのは周りの人間ではなくて同期の芸人で、本当の意味での社会人にはなれないのだ。僕の周りにも折れる前に辞めてしまった奴は何人かいて、たまに飲みに行ったりするのだが、なんかウズウズしていて心と現状がうまく噛み合っていない。そして時間が深くなるにつれて、「来年M-1に出ようと思ってる」みたいなことを言い出すのだ。

もちろん趣味として割り切っていれば問題ないのだが、まだ芸人としてのプライドを残しているとかなり厄介。新しい目標を作るのも難しいらしく、ずっと後ろ髪を引かれた状態になってしまう。芸人に限ったことではないが、何かを諦めて次の何かを受け入れるには、しっかりと燃焼し切ることが大切だ。

そういう意味では、春斗はこのまま辞めるべきではないと思っている。

企画、動画制作、ブサヘア、ライターなど活動はいろいろ。 趣味はいろいろあるけれど、子育てが一番面白い。
フリーイラストレーター。ドラマ・バラエティなどテレビ番組のイラストレビューの他、和文化に関する記事制作・編集も行う。趣味はお笑いライブに行くこと(年間100本ほど)。金沢市出身、東京在住。
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