本という贅沢。20

狭く深く掘り下げた話ほど、普遍的な共感を生む

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」特別版。幻冬舎の編集者、羽賀千恵さんにお話を伺いました。わたなべぽんさんの「スリム美人」シリーズなど、コミックエッセイを中心に女性のリアルな日常に迫る話題作を手がける羽賀さん。その本作りの極意とは?

●本という贅沢。20

  • 羽賀千恵さんが手がけたおもな本
  • 上段左から
  • 『日本人の知らない日本語』(蛇蔵さん・海野凪子さん/96万部)
  • 『今日も朝からたまご焼き』(森下えみこさん/3万部)
  • 『オクテ女子のための恋愛基礎講座」(アルテイシアさん/2万部)
  • 『女ひとりの夜つまみ』(ツレヅレハナコさん/2万部)
  • 下段左から
  • 『スリム美人の生活習慣を真似したら 1年間で30キロ痩せました』(わたなべぽんさん/20万部)
  • 『もっと! スリム美人の生活習慣を真似したら リバウンドしないでさらに5キロ痩せました』(同/10万部)
  • 『スリム美人の生活習慣を真似して痩せるノート術』(同/5万部)
  • 『やめてみた。 本当に必要なものが見えてくる暮らし方・考え方』(同/13万部)
  • 『もっと、やめてみた。 「こうあるべき」に囚われなくなる 暮らし方・考え方』(同/5万部)

大きなパイ、斬新な切り口、裏テーマ

――並ぶと壮観です。ヒット本ばかり! 羽賀さんは幻冬舎に移籍する前からコミックエッセイを多く担当されてきたと伺いました。このジャンルならではの工夫や苦労はどんな部分にあるのでしょうか。

羽賀さん(以下羽賀)一番意識してきたのは、読む人の頭を悩ませないで、すらすら読める本にすることです。コミックエッセイを読む方は、本好きの方とは限りません。そんな人でも、身構えることなく気軽に楽しめることを意識しています。

 例えば、物語の中でちょっと疑問に感じるところがあったり、時間軸がズレたりするだけでも、疲れている時などは読むのが辛くなります。編集者としては、著者の原稿をわかったつもりにならず、読者の目線にどれだけ立てるかが大事だなと感じています。

 ……と、今だから言えるのですが、最初の1、2年は全く勘所がわからず、「このジャンルは私には無理かも」と悩んだこともありました。

――そうなんですね! どんなところが難しかったのでしょう。

羽賀 コミックエッセイは絵もシンプルですし、等身大の主人公、身近なテーマ……と、一見簡単に作れそうに思ってしまいます。でもだからこそ、ヒットする企画とそうでない企画の違いが見えなかったんです。

 2年くらい、いろいろ思考錯誤をした結果、

 ① 多くの読者にとって気になる、パイの大きな題材を
 ②目新しい舞台や背景、エッジのきいた切り口で語り
 ③本で伝えたい裏のテーマがあること

 この3つがセットで見通せた時に、ヒットにつながるのではないかと感じるようになりました。

 例えば、『今日も朝からたまご焼き』は、①「お弁当」という日常的な題材を、②「夫や子どもにではなく自分のために作る」という切り口で表現した作品です。

 ③の裏のテーマとは、読後になんとなく感じてもらえたらいいなと思っている、一冊を通して伝えたいメッセージです。

 この本の場合は、主人公が「見栄えや人の目線を気にするのではなく、自分の満足するお弁当が作れればいい」といった境地に至るのですが、著者から原稿を頂く中で、読者の方にも「自分の人生を、自分の軸で楽しめたらいいよね」と感じてもらえたらいいな、と考えていました。この「裏テーマ」は押し付けになってはよくないので、さじ加減が難しいのですが……。

『今日も朝からたまご焼き お弁当生活はじめました。』

冷徹なまでの観察眼がヒットにつながる

羽賀 不思議なことに、個人的な経験を狭く深く掘り下げた時ほど、底の方で多くの人の井戸みたいな水脈につながって、普遍的なことになると感じます。著者の方が「これを読んで誰が面白いと思うのか、不安」とおっしゃるくらい深く入り込んでくださった時ほど、多くの人に届く面白い作品になっていることが多いです。

 よく、コミックエッセイは「共感のジャンル」と言われますが、読者の方が「あるある!」と思ったところほど、著者が深く深く、時には自分が苦しくなるほど掘り下げた結果、描かれた表現だったりするんですね。

 例えば、『スリム美人』シリーズや『やめてみた』シリーズを描かれたわたなべぽんさんは、とても謙虚で優しい方です。それが、読む人を決して追い詰めたり不快にしない表現に滲み出ていると思います。

 その一方で、太っている自分や片付けが苦手な自分に対する観察眼は、冷徹なまでの鋭さがあります。細部まで突き詰めて観察していらっしゃるから、読者の「あるある!」や「私も同じ!」につながる。この優しさと冷徹さの同居が、わたなべぽんさんの作品の魅力だと感じます。

羽賀 創作というのは、時には辛くなるほど自分を見つめ、自分をさらけ出す行為だと思うんですよね。著者の方々は、私たちの代わりに心を削って自分を掘り下げてくれる存在とも言えます。

 だから編集者である私は、安心して自分をさらけ出せる相手でありたいと、思っています。私自身もできるだけ著者に嘘なく、自分が恥ずかしいと感じることでも腹を割って話すことを心がけています。

 進行管理をするのも編集の仕事ですが、いつも著者がどんな状況かを頭の中で想像しています。進行が滞っている時も、自分の不安を解消するために電話するのではなく、著者にとって今電話することが良いかどうかを先に考えるようにしています。

わたなべぽんさんとは2007年のデビュー作から担当して、10年以上の付き合いになるそう。

『やめてみた。 本当に必要なものが見えてくる暮らし方・考え方』

生きづらい世の中にほっと一息つける本を

――telling,読者にもファンが多いツレヅレハナコさんや、アルテイシアさんの書籍もご担当されていますよね。

羽賀 telling,世代の女性って、女性であるだけで、仕事でもプライベートでもいろんな外圧があると思うんです。最近気づいたのですが、そんな外圧の中で真面目に一生懸命頑張っている女性達に、ほっと一息ついたり肩の力を抜いてもらえたら、と思って編集していることが多いような気がします。

 幻冬舎に移籍して最初の書籍は、『産まなくてもいいですか』(小林裕美子著)でした。ツレヅレハナコさんの書籍も、アルテイシアさんの書籍も、世の中の「こうあるべき」や「こうせねば」から少しでも解放されますようにと思って作っていました。telling,の読者のみなさんにも手にとっていただけたら嬉しいです。

ツレヅレハナコさんの処女作は、「レシピ本とエッセイ本の中間」的な立ち位置を目指したのだそう。

『女ひとりの夜つまみ』

  • 【さとゆみのつぶやき】
  •  最近、何かを生み出す行為には「心理的な安全性」が一番大事だと感じています。何を言っても真摯に受け止めてもらえる、逆に何を言われても誠実に受け止めることができる関係性です。羽賀さんは、一番適切な言葉を手繰り寄せるように、ゆっくり考えながらお話しされる方。今回初めてお会いしたんですが、なんでしょう、この初対面とは思えない安心感。きっと著者さんたちも、この羽賀さんのお人柄に導かれて創作されているんだなと感じた時間でした。

それではまた来週水曜日に。

次回「良心は読んでほしい。本心では読んでほしくない。」はこちら

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。
佐藤友美