●telling, Diary ―私たちの心の中。

地面に感謝

なまめかしく妖艶な表現力で性別問わず見る者の目を釘づけにするポールダンスのダンサーであり、注目のブロガー、ライターでもある“まなつ”さん。彼女が問いかけるのは、「フツー」って、「アタリマエ」って、なに? ってこと。

●telling, Diary ―私たちの心の中。

地面に感謝

 昨年のちょうど今頃、スペインを100km歩きました。
キリスト教の三大聖地「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」を徒歩で目指す巡礼の旅。
日本でいう四国八十八ヶ所、お遍路のようなもの。
一番有名なルート「フランス人の道」はフランスの南部、サン・ジャン・ピエ・ド・ポーから800kmの道のり。世界中からリュックを背負った巡礼者たちが集まり、道すがら友になり、励まし合って歩き続ける。
キリスト教徒でなくとも参加して良いこと、寄付制の巡礼者用宿がとても安いこと、スペインの風光明媚な土地を通ることなどから年々人気が高まっています。

 私が巡礼をしたかったのは「禊」のため。
なぜならこの数年、ろくなことがなかったから。
実父が死に、祖母が倒れ、様々な別れやトラブルが立て続けに起きました。
朝目が覚めるたび、夢だったら良かったのにと思った。
楽しいこともたくさんあったけど、あまりに多くのことが一度に起きすぎて、心の整理が必要だと感じていた。
この世の何処かにあるはずの「自分の問題をすべて解決してくれる場所」に行きたかった。
そんな折にスペイン巡礼のことを知り、巡礼に関する本を読み漁って、すぐさまスペイン行きの航空券を手配した。

 私が巡礼のスタート地点に選んだのは、バルセロナから電車で北に1時間ほどの場所にある「モンセラット」というところ。
バルセロナに旅行に行く人にとっては、日帰りで行ける割とポピュラーな観光地。
岩山をくりぬいて造られた聖堂と、洞窟から見つかったという伝説のある「黒いマリア像」が有名な場所。
そのモンセラットを出発地点とした巡礼の道は「カミ・サン・ジャウメ」と呼ばれており、日本語で書かれたスペイン巡礼の本にはほぼ情報が載っていません。はっきり言ってマイナーもマイナー、何ならスペイン人でもあまり知らない道。
なぜそんな道を選んだのかというと、「フランス人の道は人気すぎて宿が取りづらい」「巡礼者がたくさんいるので静かに歩きたい人には向いていない」という情報を読んでいたから。
静かに歩きたいし、宿が取りづらいのも嫌だなあというのと、モンセラットからスタートした人がネット検索する限り一人しかいなかったので「先駆者っぽくていいなあ」というミーハーな理由でここをスタート地点に設定しました。

 私の目論見はだいたいうまくいきました。つまり、静かに歩けたし、宿は取り放題。
なぜ静かに歩けたかというと、自分以外ただの一人も人間が歩いていなかったからです。
そう、一人も。100kmを歩いた5日間、たった一人も、同じ道を同じ方向に歩いている人に出会わなかった。
逆方向から歩いてくる人や、自転車の人とはすれ違った。彼らはまた別の種類の巡礼路を辿っている人たち。
お互いに軽く挨拶を交わした時、
「君、サンティアゴ・デ・コンポステーラに行くの?マジで?!」
と言われました。
そりゃそうですよね。だってフランス人の道なら800kmだけど、私の選んだ道、サンティアゴまで1000kmだもん。
でも冒頭で100km歩いたって書いてるじゃん、桁間違ってない?って思いました?
間違ってません。100km歩きました。
100km歩いて、心が折れて、歩くのをやめちゃったんです。

 毎日毎日、誰もいない農道や山の中、人気のない小さな村を歩きました。
私の横を通り過ぎて行く車から「ブエン・カミーノ!(良い巡礼を)」と声をかけられたり、疲れ果てて休憩していた村でおばあちゃんから飴をもらったりと心温まる事もたくさんありました。
朝4時半に起きて5時に出発し、朝日を背に牧場を歩いていたら大きな牧羊犬に追いかけられた事も、もはや良い思い出です。
でも、途中で「あー、これは今、自分がやりたいことじゃないな」とふと思ってしまって、歩くのをやめてポルトガルにイワシを食べに行っちゃいました。

 一人で歩き続けて気づいたことは、最終的に自分を救えるのは自分自身だ、ということ。
「すべての問題が解決する夢のような場所」など世界中のどこにも存在せず、救いがあるとするなら私の生きる日常の中にあるのだ、という答えがふと降ってくる瞬間がありました。
私が問題だ、トラブルだと思っていたことは本当は存在しない。「父が死んだ」「祖母が病気になった」「恋人と別れた」という事実だけがある。そこに何を見出すかは自分自身であり、反応するもしないも自由。

 10km、20kmと歩いていくと日陰やベンチが死ぬほどありがたいし、水が無茶苦茶に美味しく感じる。
果ては、地面があることに感謝するようになります。
ランニング・ハイならぬウォーキング・ハイ状態。
地面があってその上を歩いて、生きていることを当たり前だと思っていたけど、もしや地面があるのって奇跡なのでは?風が吹くって最高に気持ちいいし、冷たい水はこの世で一番美味い飲み物だ!
地球への感謝を胸に抱きつつ、自分の欲望に素直に従った結果、次の日私はポルトガルの港町でビールを飲んでいました。

 私は巡礼の旅で「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」に到達するということを達成できませんでした。
何も成し遂げられず、ただイワシを食べてビールを飲んで、プラプラしただけの旅。
まあそれでもよかったかな、と思います。私の人生は「何かを成し遂げたスタンプラリー」ではないし。
何かを成し遂げまくったけど辛かった、苦しかった人生よりも、何も大したことはしてないけど楽しい人生の方がいいかなと今は思います。
多分子供も産まないし、ポールダンスの大会にも出ない、歴史に名も残らないだろうけれど、それが私の人生なのですから。
生産性が無いことを誰かから咎められても、しぶとく強く明るく生きる予定です。

 一人では歩ききれなかったけど、いつか妻と二人でフランス人の道を歩こうねと言ってます。
もしかしたら一人ではできなかったことも、二人ならできるかもしれないから。
やっぱり二人で歩いても心が折れたら、それはそれでいいのです。
だって、ポルトガルにビールを飲みに行く口実になるからね。

続きの記事<体を触って名前を呼んで>はこちら

ポールダンサー・文筆家。水商売をするレズビアンで機能不全家庭に生まれ育つ、 という数え役満みたいな人生を送りながらもどうにか生き延びて毎日飯を食っているアラサー。 この世はノールール・バーリトゥードで他人を気にせず楽しく生きるがモットー。
まなつ

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