木を育てる

なまめかしく妖艶な表現力で性別問わず見る者の目を釘づけにするポールダンスのダンサーであり、注目のブロガー、ライターでもある“まなつ”さん。彼女が問いかけるのは、「フツー」って、「アタリマエ」って、なに? ってこと。

●telling, Diary ―私たちの心の中。

木を育てる

 愛する妻と一緒に暮らしているのですが、毎日何かと電話をしている。
私の出張が多いため、離れている日々はもちろんのこと、普通に在宅の時も電話する。

 それは「これから帰るよ」コールだったり、声が聞きたいだけの電話の時もある。
毎日毎日飽きもせず、話すことができる相手がいるのはいいなあとしみじみ思う。

 以前は、たとえ恋人とでも毎日電話するなんてもってのほかだと思っていた。
私の貴重な時間を奪いやがって、電話なんてしなくても会ったときに話せばいいじゃん、と。

 そう思うようになったのは主に前の恋人と付き合っていた時の出来事に起因している。
精神が不安定な彼女が会う予定のない日に何度も電話をかけて来て、あげくLINE通話したまま寝たいと言われて、心底参っていた。

 電話を繫いだままで寝るのは心が落ち着かなくて、本当に嫌だった。
できるだけ避けようとしていたけど、彼女の不安を少しでも取り除けるならと思い無理をしていた。
彼女が寝たな、と思ったらこちらの音声をミュートにして携帯を隣の部屋に隔離して寝た。

 そんなことを繰り返していたら電話そのものが生理的に本当に嫌になってしまった。
仕事の電話すら受けたくない。用件があるならメールで、文字に残るようにして伝えてくださいとお願いした。

 誰かに電話をかけるのも、誰かから電話がかかってくるのも、一時期は動悸がした。
大げさではなく本当に動悸がしたし、息がしづらくなった。

 妻と出会った時に、連絡先を交換しようと言ったら、
LINEとかはやってないんだよね、と言われてめちゃめちゃ好印象だったのを覚えている。

 まじかー!!そういう人、超いいな!!
少なくとも、LINE繫ぎっぱなしにしたいとは言われないだろう。心底ホッとした。

 けれどそのあと、メールもあんまりしないんだよね、要件があったら電話で話すのが好きなんだ。
よかったら気が向いたときに電話してよ。と言われて、ちょっと戸惑った。

 電話、電話か。幸いにも少しは電話に対する気持ちもおさまってきてはいたけど、人にどのように電話をかければいいのか、すっかりわからなくなっていた。

 そんな私の思惑をよそに妻はふつうに何げなく電話をかけてきてくれた。

 今何してんの? とかそんなような、たわいない会話。夕方、仕事に行く前にメイクをしながら初めての電話をした気がする。
 それが、なぜか、びっくりするほど楽しく、電話がかかってきたこと自体とても嬉しかったのを覚えている。

 それから、二度目のデートをする前に勇気を出して自分からも電話してみた。

 旅行中に、港から離島へ行く船へ乗る直前、「なんか声だけ聴きたくて」と1分間だけの短い電話。
そのとき、あ、恋したなと思った。なんかいいな、好きだな、からの明確な意識。

 島へ行ったら電波が良くないから、船に乗る前に電話したかったんだ。と後のデートの時に伝えたら、あれすっごい嬉しかったよと言われて、ああ私の気持ちは伝わっていたんだなとこっちまで嬉しくなった。

 見る間に電話とメールの頻度が増えていき、やがてほぼ毎日電話するようになった。

 そんな風になるなんて、つまり毎日電話をする、というか毎日電話したいと思うようになるなんて。
信じられないし、すごく嬉しかった。毎日電話したいとお互い思えて、それが叶うことが、ほんとうに幸せ。

 そんな話をしたら、妻は、自分も毎日電話するようなことは普通しないんだけど、あなたと毎日電話をすることは、2人で木を育てているような感じだと言っていた。

 花瓶に挿した植物の水を毎日替えて、根が生えてきて、それをやがて土に植えて大きな木に育っていく。
そんなことを今している気分だよ、と。

 私が地上にある、ありとあらゆる言葉を集めて、それを繫ぎ合わせて物語を作っているとしたら、妻は星空から落ちてきた綺麗なものを素敵に飾って渡してくる感じ。

 言葉の情報ソースがまるで違う。それが美しくてすごく好きだ。

 作家・中島らもの著作「今夜、すべてのバーで」に出てくるアル中のキャラクターが「詩そのもの」みたいだと描写されていたけど、妻も詩だったり絵画だったり、美しい何かそのもの、もしくはそのモデルになりそうな人だなと常々思う。

 抗えない何かを内に秘めた圧倒的な存在、それも荒々しいものではなくて、静かな透き通った湖に飛び込んだらあまりにも水が奇麗だったのでそこでそのまま暮らしたくなった、みたいな。

 この美しい場所で静かに過ごしたい。そう思わせるような不思議な魅力。

 単純な美しさではなく、心の中に情景を抱かせて胸をかきむしりたくなるくらい、どこかへ連れていかれる。
私の大切なミューズ。

 今日も手で大切にくんだ水を少しずつ木にかけるみたいに、妻とたくさん話す。
明日も明後日も。そうして2人の木が育つ。

 2人でこれから長いことかけて育てる木から、どんな花が咲いたり実がなったりするのか楽しみです。

続きの記事<パッションのある生活>はこちら

ポールダンサー・文筆家。水商売をするレズビアンで機能不全家庭に生まれ育つ、 という数え役満みたいな人生を送りながらもどうにか生き延びて毎日飯を食っているアラサー。 この世はノールール・バーリトゥードで他人を気にせず楽しく生きるがモットー。
まなつ