ダメ営業だった20代の経験が、今のヒット本につながっている
ダメ営業だった新人時代
――今日は大竹さんがどのようにキャリアを積んでヒット本を連発するようになったかを、伺いたいと思います。編集者になったのは、30代になってからだそうですね。
大竹さん(以下、大竹) そうなんです。編集者になりたくて出版社に就職したのですが、新卒で営業部に配属されて、そこで1年半。そのあと社長室で広報や採用を担当して6年。初めて担当した本が出たのは31歳の時でした。
最初に担当した営業先は北海道の書店さんです。150軒の店舗をまわって、自社の書籍をいい場所に置いて売ってもらう。フェアを仕掛けてもらったり、ポップを書いてプッシュしたりする提案をしてきました。
私は全然優秀な営業じゃなくて、ダメダメちゃんだったのですが、この時期に「本が一冊売れるのって、本当に大変なことなんだ!」と、身をもって体験できたのが、今の本作りにとても役に立っています。
●大竹朝子さんが手がけたおもな本
- 左上『不機嫌な長男・長女 無責任な末っ子たち』(五百田達成さん/15万部)
- 左下『察しない男 説明しない女』(五百田達成さん/23万部)
- 中央上『キミのままでいい』(たぐちひさとさん/3万部)
- 中央下『そのままでいい』(田口久人さん/12万部)
- 右上『いい女.book』(いい女.bot/9万部)
- 右下『今日は、自分を甘やかす』(夏生さえりさん・3万部)
たとえば書店での商談中、自社の本をぱらぱら立ち読みしている人の姿が目の端に見えるんです。心の中で「買って! そのままレジに行って!」と強い念を送るのですが(笑)、5分くらい立ち読みして、そのまま本を棚に戻してしまうこともしばしば。書店の何千冊もの本の中から選んでもらうのは、並大抵のことではないと感じました。
広報時代には、雑誌やテレビの人たちに刺さるキャッチフレーズやリリースが作れた時は、書籍の露出が増えて売り上げも伸びると気づきました。その経験もやはり、今の書籍作りに生きています。
――希望と違う部署に配属されるとネガティブになりがちですが、大竹さんの場合は、一見遠回りに見えたキャリアが今につながっているんですね。
大竹 もちろん、その渦中にいた時は「いつになったら本を作れるんだろう」と、悶々としたこともありました。荒れてお酒で憂さ晴らししていたことも(笑)。だからこそ、編集部へ異動できた時は、やっと本が作れる! とうれしかったですね。
誰にどんなメッセージを伝えたいですか? を何度も聞く
――ずばり、ヒットの秘密って何ですか。
大竹 書店の数ある書籍の中で、まずは手にとってもらわなくてはなりません。なんといってもタイトルは重要ですね。
たとえばこの『察しない男 説明しない女』と『不機嫌な長男・長女 無責任な末っ子たち』(ともに五百田達成著)は、どちらもタイトル案に強く反対した人がいたんです。「私は女だけれど、ちゃんと説明する!」「俺は長男だけど不機嫌じゃないぞ」なんて(笑)。
でも、そういった強い反応があるのは、人の心に刺さっているということ。逆に「このタイトルで間違いない」と確信を持てました。
手に取ってもらったあとは、その本を家まで持ち帰りたいと思ってもらわなくてはなりません。今どき、ネットでも無料で記事が読める時代に、わざわざ1000円以上の本を買ってもらうには、面白そうだけでは難しい。『察しない男 説明しない女』では、チェックリストを作ったり、日常会話で使えるフレーズを入れたりして「使える」ことを意識しました。
――本のテーマ設定で意識することはありますか? 例えば、同じ著者さんでも、どの切り口で本を書くのかによって、ずいぶん売れ行きが違いますよね。
大竹 「一つだけに絞るなら、誰にどんなことを伝えたいですか?」ということを、言い方を変えて何度も著者さんに聞きます。
たとえば『今日は、自分を甘やかす』の著者の夏生さえりさんは、妄想ツイートが有名で、ファンがそのツイートを毎日楽しみにしています。
私も最初は、妄想ツイートを書籍化することを考えていました。でも、さえりさんと話をしていると、どうもピンときていなかったんですよね。社内にいた20代のさえりさんファンも、「うーん、妄想ツイートの本ですか……」と、いまいち響いていなくて。これは、何かが違うと思って、企画を見直しました。
改めて、さえりさんに「読者の人たちに一番伝えたいメッセージは何ですか?」と聞いて出てきたのが「みんな、頑張りすぎ。そんなに頑張らなくてもいいんだよ」というメッセージだったんです。あの時、方向転換できたからこそ、20代の方々に共感される本になったのかなと感じます。
出産の経験が「やるべきこと」を明確にしてくれた
――編集者は忙しいと思うんですけれど、4年前にお子さんを出産されていますよね?
大竹 はい、34歳の時に。編集部に異動して3年たった頃でしたね。
私は社内結婚なのですが、結婚した当初は、子どものことは具体的に考えていなかったんです。でも「この人とずっと生活していくのも楽しいけれど、子どもがいたらもっと楽しいかもしれないな」と思うようになりました。
――せっかく異動できた編集部でのキャリアが中断することに不安はありませんでしたか?
大竹 うーん。全くなかったと言ったらうそになります。でも、編集という仕事は“手に職”なのでいつでも戻れるけれど、子どもを産むのにはタイミングがあるなと。だから、そこまで悩まなかったかな。
ただ、編集職になってから3年間は仕事に没頭して、自分で仕事を仕切れるようになろうと考えていましたね。誰かの編集補佐ではスケジュールを自由に調整できないので、自分で仕事をコントロールできるようになるためにも、独り立ちしてから出産しようと思っていました。
出産後は1年で復帰したのですが、産休に入る直前に作った『いい女.book』と『察しない男 説明しない女』が、どちらも大ヒットしてくれたんです。たまたまですが、この2冊の存在があったことで、復帰後も、気持ち的に働きやすかったです。
――もし「今は仕事が大事だから、子どもをつくるか悩んでいる」という後輩がいたら、どんなアドバイスをしますか?
大竹 「欲しいんだったら、産んじゃいなよ!」と言うと思います。子どもが生まれて価値観ががらっと変わることもよくあると思うんですよね。そもそも今大事にしていることの優先順位が変わる可能性もあるわけです。
私も、出産前後で仕事に対する情熱は変わっていませんが、息子との時間を作るために、保育園にお迎えに行ったあとは、基本的にメールを見ないという生活に切り替わっています。
そうせざるをえないわけではなくて、自分で「今はこれがいいな」と思って選んでいるライフスタイルです。
自由になる時間が少なくなった分、仕事を前倒しで進められるようになったり、大切にするものがクリアになったりと、自分自身が成長したと感じることも多いですよ。
――本作りから、キャリアの話まで、今日はありがとうございました!
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【さとゆみのつぶやき】
キャリアの語源は「轍(わだち・車輪の跡)」だと聞いたことがあります。一見、繋がっていないように見えた道も、後から振り返ると今の自分にちゃんと続いている。営業時代の経験が今のヒット作につながっているという大竹さんの話を聞いてそう思いました。人からもらうアドバイス以上に、過去の自分が発見した気づきは、その後の自分の仕事を支えてくれるのかもしれません。
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