写真展プロジェクト「フォスター」に見る“かぞく”の解釈の広がり

里親家庭や特別養子縁組など、いわゆる「血縁や法的関係によらない」家族の姿を追った写真展プロジェクト「フォスター」が、全国を巡回しています。 実はこれ、日本で初めての試みなのです。 親子が顔や名前を出して公の場に登場するというのは、とてもデリケートで、場合によってはリスクもあり、これまで実現は難しいとされてきました。 今回、子どもたち自身、生みの親、育ての親、児童相談所など、関係者全員が協議し、納得した上でプロジェクトが実現。貴重な機会であると同時に、見る人自身の「家族」について考えるきっかけも与えてくれます。  家族とは何か。いま一度、考えてみませんか。
提供:フォスター

「家族にはかたちがある」という前提を疑ってみる

 「家族のかたち、ってよく言うじゃないですか。だけどそれって”かたち”がある人の視点だよね、って、ある里親さんに言われてハッとしたんです」

 里親など養育家庭の写真展プロジェクト「フォスター」について、主宰する江連麻紀さんと白井千晶さん(詳しくは後述)にお話を聞いていたときのこと。江連さんが里親さんから言われたという、冒頭のことばを紹介してくださいました。

 「私は、家族のかたちっていろいろあるものだと思ってたんですよ。でも里親さんから『かたちがある人たちにとってはそうかもしれないけど』って言われて、そうか、そもそもかたちがないということもあり得るのか思って、目からうろこでした」(江連さん)

「家族」という境界を引かない関係性

 思えば私も、この「家族のかたち」ということばを、割とよく使っています。

 telling,でも、「#家族のかたち」というタグを一大テーマに据えているぐらい。 

 私も江連さんと同じく、「家族とは、こうあるべきという枠に捉われるものではなく、もっと多様であってよい」と考えています。でもたしかに、家族にはかたちがあるということ自体、思い込みかもしれないし、私自身、実はまだまだ固定的な概念に捉われているのかもしれない。そんなことに気づきます。

 この「かたち」がない、ということについて、大学で家族社会学を教える白井さんは言います。

 「取材でよく、『何家族、撮影したんですか?』と聞かれるんですけど、私たち、うまく答えられないんですよ」

 全12家族を撮影したと取材などではこたえていますが、なかには里親、子ども、生みの親の3人が並んだ写真もあります。そのトライアングルの関係性に、どこまで「家族」という線が引けるのか。

 白井さん曰く、「重なってるしぼんやりしてるし、アメーバみたいに動く」。その境界は、すごくあいまいです。 

 「生みの親が、里親をすごく頼っている場合もあります。親自身が子ども時代に満たされなかった母への思いを、里親さんが母の役割を担うことで満たしているところもあって。そうして親が安定することで、ようやく子どもが親元へ帰っていけるんです」(白井さん)

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 自分が子どもの頃に求めても得られなかったものを、大人になってから埋めて満たしていく。その道のりを経て、自分の子どもとの関係性をもう一度やり直すーーこの三者の関係性を、いったい何と呼んだらいいのでしょう。

 「私たちがこの『フォスター』プロジェクトを通して見てきたのは、生々しい、リアルな暮らしやライフスタイルです。それを何家族とカウントすることは、正直できない。このプロジェクトでは、『家族』ということばが非常に使いづらいんですよ」(白井さん)

写真展「フォスター」プロジェクト

  現在、各地で展開中の「フォスター」プロジェクト。

 主宰するのは、写真家の江連麻紀さん、静岡大学で家族社会学を研究する白井千晶さん、横浜の子育て支援NPO Umiのいえの齋藤麻紀子さんの3人です。

「フォスター」プロジェクトを主宰する3人。左から、江連麻紀さん(写真家)、白井千晶さん(静岡大学教授)、齋藤麻紀子さん(横浜の子育て支援NPO Umiのいえ)

 「フォスター」とは、英語で、血がつながっていない、あるいは法的関係がない子どもを親同様の愛情をもって育てる、という意味で、白井さんたちは「広い意味での育てること」と捉えて使っています。

 写真展では、里親家庭や養子縁組家庭などの、本当に何気ない日常の写真とことばを展示し、家族とは何か、育てるとは、誰かとともに育つとはどういうことかを、見る側に問いかけます。

 また、写真の展示だけではなく、トークイベントを積極的に行ったり、来場者に「家族とは」というカードを書いてもらったり、来場者と共に考え、一緒に作るプロジェクトです。

 「里親とか養子とか、よく分かっていない人たちが集まる場でイベントを行うこともあるんですけど、けっこうみんな、自分の家族の話や、愛とは何か、みたいな話になるんです。それがすごく、おもしろいし、うれしい。家族の話って誰もが関係ある話なので、盛り上がるんですよね」(江連さん) 

 そんな「フォスター」プロジェクトには、3人で話し合い、共有している思いがあります。

  「プロジェクトの立ち上げ当初から、子どもたちは別にかわいそうだけじゃないという気持ちがありました。楽しく幸せに、ふつうにケンカして生きてるよ、って伝えたかった」(江連さん)

  生みの親と暮らせない子どもたちは、時に周囲から「かわいそう」というレッテルを貼られることがあります。

 でも、育ての親のもとで、子どもたちがどう生活しているのか、何を思い、感じているのかは、あまり知られることがありません。

 撮影を進め、多くのフォスター親子と交流を重ねるうちに、里親子も養子縁組家族も、「特別で、すごい人」しかなれないわけではないことも、見えてきました。

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 家族とはこういうものだ、といった固定されたイメージがあるのなら、それはいらないかもしれない。

 「かわいそう」とか、「すごい」というイメージを変えたい、視野をもっと広げたい。 

 こうして、『フォスター』はスタートしました。 

 語られなかったを可視化する 

 プロジェクトでは、これまであまり知られることのなかった当事者の声も掬い取られ、折々、紹介されています。

  自分の子どもを特別養子縁組に出した女性。

 かつて里親にわが子を預け、いまは子どもと一緒に暮している家族。

 里親に子どもを預けながら、ときどき会いに来る母親。

 「かあちゃんみたいな里親が増えるといい」と言って、何度も話し合いを重ねて、実名と顔を出して写真にうつることを決めた子どもたち。

 それを「うちの子たち、かわいいから、いいですよ」と、子どもを預ける父親が了承する。

 お酒を飲んでほろ酔いの顔をした里父の姿(施設の職員は基本的に施設の子の前で飲酒しない)。

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 里親のもとで生活する子どもたちが親と暮らせない事情は様々ですが、近年では、育児放棄(ネグレクト)を含む虐待が、その理由として多くなっています。

 虐待する親も、子どもを産んで育てられない親も、今の社会では責められがちな存在です。ある意味アンタッチャブルな、自分とは違う、異質なものとして線を引いて片付けられてしまう。

 もちろん、子どもたち自身が声を発することが叶わない現状があります。

 この、「ないもののようにされてきた」小さな声や営みが、私たちに与えてくれる気づきはたくさんあります。

 写真展を訪れる機会があったなら、写真にうつる「親」と「子」の表情やたたずまいに、距離感や関係性を感じ取ってください。

 「これって本当の家族じゃないの?」

 と思ったなら、「本当の家族」ってどんな家族なのか、あなたにも考えてみてほしい。

 家族とはなにか。

 家族の「かたち」とは何か。

 飾らない、日々の暮らしの断片が、写真とことばになって散りばめられた『フォスター』プロジェクトは、まだまだ、全国を巡回し、進んでいきます。

 ぜひ、プロジェクトに参加して、あなた自身の家族の話を、聞かせてください。

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ライター。編集プロダクション、出版社、Web媒体運営などを経て、フリーランスに。地域コミュニティ『谷中ベビマム安心ネット』主宰。