「産まない」けれど、母になる。知っておきたい養子縁組という選択肢
●産婦人科医・種部恭子の「女性のカラダ、生き方、時々ドラマ。」05
「産まない」けれど、母になる。
瀬奈さんはインタビューで、特別養子縁組の事実だけでなく、不妊治療の大変さについても、告白しています。「妊娠さえすれば……」と追い込まれていた心境がよく分かります。
「妊娠することがゴールみたいになってきちゃって、本当は妊娠して子どもが生まれて子育てをすることがスタートじゃないですか。だけど、そこがゴールになってきてしまっているような気がして、私自身、精神的にも肉体的にも限界でした」
不妊治療が大変なのは、本人の「子どもが欲しい」という思いだけではなく、周りから追い詰められていることも大きいと思います。治療が長引けば、経済的にも苦しくなります。「産んで当たり前」という考え方が、不妊治療をより苦しいものにしています。
卵子を凍結保存しておこうと考える人も、精子をネットで購入したいと思っている人も、「いつか産まねばならない」「自分の遺伝子を残さなければいけない」と、漠然と考え、結果的に追い詰められているのかもしれません。「母親になるなら、自分で産むしかない」。そんな思いで、結婚や出産を焦ってしまう人も多いように思うのです。
「産めないけれど、育ててみたい」
「産めないけれど、育ててみたいです」。こんな夫婦には、里親研修を提案しています。子育てへの前向きな思いがあれば、「遺伝子にこだわらなくてもいいのではないですか?」「血がつながっていなくても親になれますよ。自信を持ってください」と背中を押します。
うちのクリニックで不妊治療を卒業した後、特別養子縁組や里親の形で「おとうさん」「おかあさん」になったカップルが何組かいます。長い不妊治療を卒業し、子育てを楽しんでいます。
一方で、「子どもに、いつ真実を話そうか」と日々葛藤されています。養子や里子に対して、生い立ちの真実と、変わらぬ愛情を伝えることを「真実告知」といいます。いつ、どんな言葉によって生い立ちを知るかは、養子・里子にとって大きなテーマでしょう。遺伝子のつながりがあろうとなかろうと、親子であることに変わりはありません。「子どもが小さいころから年齢に合わせた方法で伝え、その生い立ちをともに受け入れていけばいい」とお伝えしています。
彼女らにとって妊娠・出産はできなかったけれど、「おかあさん」にはなれました。しかし、養子・里子を受け入れた場合でも、実子であっても、子を持つことはゴールではないのです。そもそも、子育てにゴールなど、ないのかもしれません。というか、子どもは本来、社会が育てるものじゃないかと思います。家族は港のようなもの。社会でもまれて疲れたら、船が港に帰るように、家族のもとに帰ってきてひと休みする。そんな場所を提供することが親なのかなと。
米国では「母になってから、産むという生き方」も
「まず養子・里子を受け入れ、それから自分で産むという生き方もありますよ」とも言っています。ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんは、自分が産む前に養子を迎えました。ハリウッド俳優の中には、養親になっている人がたくさんいますよね。養子をもらうことで、「宝物をもらったね」と言われる。米国は養子大国ですから、親子の肌や髪の色が違っていても、すべてがオープンに語られます。
日本は「家」制度があるから、遺伝子を重視してしまうのかもしれません。不妊治療をして、なかなか成果が表れないとき、養子・里子を受け入れるより先に、治療のステップアップが選択肢としてあがってくる。不妊治療を諦めて養子・里子を迎えようとすると、年齢制限によって難しいこともあります。子育てには体力も要ります。だから、産むことと同様に「親になるなら、早めに」と思いますね。
虐待や予期せぬ妊娠などによって、実親との縁に恵まれない子どもは、全国で約46,000人にのぼります。そのうち、9割近くが児童養護施設や乳児院で暮らしています。養子縁組や里親家庭で「親」と出会えた子は十数%しかいません。社会の要求は、まず親との縁に恵まれない子どもを家庭で育てることです。「産む」「産まない」にかかわらず、親になるという選択肢があっていいはずです。
すべての人にとって使いやすい制度を
「産めなくても、育てたい」という思いを社会が支援する「ひとつのかたち」が、LGBTの方など、子どもを持てないカップルでも育休を取れるようにすることではないでしょうか。子育ても介護も社会化しなければ成り立たない時代。すべての人にとって、使いやすい制度を整えてほしいと思います。
では、代理出産は? 「産めないけれど、母になりたい」という願いをかなえる手段の一つと考えられているかもしれません。実際、著名人が海外渡航し、自身の受精卵を使って子どもを得た例が報じられています。しかし、母体の安全や、生命倫理、法律の問題など、さまざまな観点からの論議は深まっていないのが現状。臨床研究として始まった体外受精や顕微授精も含め、課題を先送りして、技術が先行してしまっているように思います。私たち現場の医師は、このことに危機感を覚えています。
「産みたいならば、早いうちに」。そう言ってきたのは、産婦人科医として確率が高い段階での妊娠と、安全な出産を願うからです。産みたいのに産めない、と分かったとき、どこまで科学技術の恩恵を受けるのか。
女性たちが、こうしたことを、自分ごととして考えてくれることを、私は願っています。
(次回に続く)
構成:若林朋子
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