本という贅沢。09

人を生かしたり殺したりする感情は、多分「愛」なのだな

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。6月のテーマは「恋愛」。ミレニアル世代におすすめの一冊を、書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢。09

『往復書簡 初恋と不倫』(坂元裕二/リトルモア)

女も30歳を超えると、「ヤバい、こんなはずじゃなかった!」って焦ることは、あまりなくなりますよね。仕事はだいたい予測がつくし、大きなトラブルになりそうだったら、その前に上司に相談するなりなんなり。人生における危機管理能力って、年々上がっていく。だから、取り返しのつかないような失敗って、もうほとんどしないはずなんだけれど。

二つだけ例外がありまして。

これが、お酒と、恋愛。だと思う。

お酒は、言わずもがなですよね。シラフだったらきっとここまで言わなかったはずなのに。どうして気が大きくなっちゃったんだろう……etc.etc. 翌朝、昨日の自分を殴りたくなる経験をしたことがある人もきっと多いでしょう。

とはいってもお酒の席の失敗は、まあ命まで取られることはない。その点ではまあ、危険度は「中の下」くらいと言えます。

だけど、もうひとつの「恋愛」の方は、下手すると命を取られることもある。命、というよりも、魂といったほうがいいでしょうか。
仕事だったら発揮できる客観的な検証も、論理に基づく行動も、冷静で正常な判断も。恋愛となったら全部どっかいってしまう。仕事なら避けられる「今そこにある危機」に頭からつっこんでいってしまうし、その結果再起不能ばりの大けがをしたりするわけです。危険度は「上の上」!

逆に言うと、どんなに聡明な女性でもコントロールできないのが、「恋愛」とも言えるかもしれません。
普段あまり使いこなしていないし鍛えてもいない、無防備で“やわっこい”部分で対処してしまうのが恋愛だから、刺し違えれば血もどくどく流れるし、命に関わる。

問題なのは、恋愛で遭遇するこの“やわっこい”部分が、筋肉のように鍛えることができない存在だということ。何度恋愛しても、その都度泣いたり叫んだり死にたくなったりするのは、この“やわっこい”部分が、ずっと“やわっこい”ままだから。

この『往復書簡 初恋と不倫』は、まさに恋愛と生死が隣接してしまった物語。

一見、「死」は、私たちから遠い存在に考えるかもしれないけれど、そこに「愛」が介在する場合、死との距離は一気に縮まる。「死」はいつだって手に届く存在になる。
人を生かしたり殺したりする感情は、多分「愛」なのだな。人は怒りや嫉妬で死ぬのではなく、愛のために死ぬのだな。そんなことを感じさせてくれる本です。

「初恋」と「不倫」をテーマにしたこの本は、登場人物の手紙とメールだけで話が進みます。途切れたり連投したりする手紙やメールの言葉たちは、否が応でも私たちを登場人物と同じ場所に連れて行ってくれます。

この本に登場する彼/彼女は、いつでも、自分になりうる。
そう思うと、自分自身が恋愛しているわけではないのに、自分の中の“やわっこい”部分に手が届きます。
本を読んでいる間、私はそいつをなでたり転がしたりしてみました。過去に出会ったいろんな人の顔が浮かびました。

もし、本に効用や効能があるのだとしたら。あなたの“やわっこい”部分に手を触れさせてくれることが、この本の一番の効用かもしれません。

  • この本を書かれた坂元裕二さんは、脚本家。「東京ラブストーリー」「問題のあるレストラン」「Mother」「Woman」「カルテット」など、人気ドラマを多数手がけている方。この本の内容も、酒井若菜さん×高橋一生さん、風間俊介さん×谷村美月さんなどの主演で、過去に何度か朗読劇として上演されています。

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ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。