主婦(47歳)

夫が言ったんです。「まだ見ぬ子どもより君に生きてほしい」と。

主婦(47歳) 都内在住の主婦。夫と二人暮らし。20代からの病気治療を経て、ここ10年ほどは健康のために夫婦でよく歩いている。

 今朝は夫と一緒に家を出てきました。私は丸ビルに行こうと思ったら、11時からなんですね。それで、外で待っていました。今は仕事を辞めて、専業主婦です。
 時間のあるときは、夫とウォーキングに行きます。鎌倉から江ノ島まで歩いたり、自宅から東京・赤坂まで歩けるか試してみたこともありますよ。20kmくらいあって、真夏だったので、たいへんでした(笑)。健康面で歩くのはいいかな、と思って。もう10年くらいになります。

10年間、何度も手術をしました

 26歳で結婚して、すぐに病気がわかったんです。10年間治療して、何度も手術をしました。

 最初は、腰が痛くてヘルニアかと思ったのですが、患部は肺でした。子宮内膜症って知ってますか?
 子宮内膜の組織が他のところに発生するのですが、私の場合は珍しくて、それが肺にあって。病名は月経随伴性気胸(ききょう)というのですが、生理のたびに肺が圧迫されて苦しいんです。

 治療に入る前に、「生理を止めて治るケースや、子どもを産んだら治ることがある」とドクターに言われました。手術のときに検査をしてくれて、「子どもを考えてもいい」とOKが出ました。でも、弱った体で何かあって、子どもが残されたらと思うと・・・。
 「まだ見ない子どもよりも、君に生きていてほしい」と夫に言われたんです。
 それで、子どもはいません。

「入院してください」とドクターに言われ続けたけれど、仕事を辞めたくなくて

 生理のたびに苦しくなって、「毎月入院してください。命の保証はしませんよ」とドクターに言われたんですけど、仕事を辞めたくなくて続けていました。

  営業事務をしていたんですが、忙しい部署から他に移されても体調がよくならなかった。会社はリストラ対象者を探していて、それにはまってしまいました。上司から、「うちは健常者しかいらないよ」と暴言を吐かれて・・・。30歳で退職して、そのことをずっと引きずっていましたね。

 その後、派遣で働いたのですが、がっつり働くのは体力的に難しくて、3カ月おきに肺炎を繰り返してしまい、退職しました。

 今は安定していて、本当に病気だったの?という感じです。病院が治したというよりも、自宅静養中に症状が起きなくなった、という感じで。本当に不可解です。

昨日よりも今日は何かできたかな、とか、「いいこと探し」を始めた

 5〜6年前、家の近くで保育園の用務員さんの仕事をしました。子どもに関わる仕事をしてみたいと思って始めたのですが、体はきつかったですね。私が肺炎になると、それが人にうつるものかどうかわからなくて、お子さんたちや周りの人に迷惑をかけてしまう。
それから、保育士試験を受ける時期に父が倒れたり、試験当日に母が入院したり、何だかうまくいかなかった。「ああ、こっちの道じゃないのかなあ」と。

 まあ、生きているだけでめっけもんですから。

 もし、できるなら、パートでも何でもいいですけど、自分にできることをしながら、楽しいほうにいこうかなと思います。26歳の頃から、ずっと不調でつらかったので。
 病気の人は私だけじゃないし、仕事なり家庭なりで、つらい思いをしている方もいるじゃないですか。何か一つのことでずっと暗いのも、逆に疲れてしまって。
 だったら、昨日よりも今日は何かできたな、とか、「いいこと探し」を始めたのが最初ですかね。

 子どものことはお姑さんに言っていないので、「子どもができないんだろうなあ」と思ってると思います。私たちが自主的にやめたとは思っていないでしょうね。
 でも、やっぱり孫を見たかったでしょうね。申し訳ないなあって。その分、義両親と私の母を大事にしようと思います。

東京にて

女性向け雑誌編集部、企画制作会社等を経て、フリーランスの編集者・ライター。広報誌、雑誌、書籍、ウェブサイトなどを担当。不妊体験者を支援するNPO法人Fineスタッフ。
フォトグラファー。岡山県出身。東京工芸大学工学部写真工学科卒業後スタジオエビス入社、稲越功一氏に師事。2003年フリーランスに。 ライフワークとして毎日写真を撮り続ける。
街頭インタビュー