怒れる女

良い先輩だと思われようとしたツケがまわってきた【怒り13】

若手社員の頃、「怒らない先輩」を「良い先輩」だと思っていた。でも、みんなで「怒らない社員」になった結果、意外な展開が待っていた――。現代社会は女性にとって理不尽なことだらけ。こみ上げる「怒り」と、私たちはどうつきあっていけばいいのか。ミレニアル女子の「怒り方」を考える特集「怒れる女」を通じて考えます。

●怒れる女 13

新年度も一段落し、会社員の友人たちから今年も続々と「新入社員への愚痴」が寄せられている。去年まで会社勤めをしていた私も当時はちょうどこの時期、会社に慣れ、たるみだしてきた新入社員に頭を悩ませる毎日だった。

自分が若手の社員だった頃は電話口での会話一つ漏らさず聞く耳を立てられ、電話を切った途端、言葉尻をつかんでお説教を繰り出す先輩社員に辟易していた。1、2年すると、追って入ってきた新入社員が怒られているのを横目で見れば「あの人、いちいち細かいよね」なんて声をかけて優しい先輩を気取ったこともあった。

3、4年目くらいからだろうか、だんだんと仕事に慣れてくると、毎年新しく入ってくる若手の一挙一動が目につくようになってきた。挨拶の仕方から、メールでの言葉遣いや、作成された資料のぞんざいさ、取引先や上司へのちょっとしたフランクな態度。
まぁどれも、目をつぶれば済むようなことではあった。特に目上の人への態度なんかは、気にはなったけれども「偉い人が怒ってないし、まぁいいか」と甘く見た。自分がかつて恐れていた、「小言を言って煙たがられる先輩」になりたくないという感情がどこかにあって、言いたいことを飲み込んでいた。
「仕事もできないくせにうるさいな」と思われたくないのもあった。後輩を叱るには、まず自分がそれなりに会社で結果を出さなくては。そんな思いが強かった。

叱らない先輩の変化

同業の知り合いで尊敬する先輩がいる。その人は仕事で成績を上げること以外には興味がないようで、くだらない同僚の愚痴なんかをめったに言わない人だった。
仕事ができるので彼女の下には毎年代わる代わる部下がついた。部下たちに小言を言うこともなく、仕事のスキルだけを淡々と教え込んだ。はたからみると若い社員たちの無礼さが目につくこともあった、でも、彼女がそこを指摘しない限り、外野が説教するのもなんだか違うと思った。やっぱり「余計なおせっかいを焼く先輩」になりたくなかった。
聞けば、彼女は「めんどうだから怒らない」のだと言っていた。叱って、謝られて、でも改善しなくて、みたいなのってめんどうくさくない?自分でやっちゃった方が早く終わるじゃない、と。

時は経ち、30代後半にさしかかったその人から、たびたび部下たちへの悩み相談を受けるようになった。正直意外だった。話を聞いても、その新入社員たちの態度はかつての彼女の部下たちのそれと、さほど変わらないように感じたからだ。
彼女が気にしている点は他にもあった。「ああいう態度の新入社員がいて、他の若い社員たちは気にならないのかね」
新人と年の近い社員たちが注意しないことにも気を揉んでいるようだった。

耳が痛かった。これは、私たち中堅社員が後輩を叱ってこなかったことのツケだと思った。叱られ慣れていない後輩は、人を叱れない。

彼女も私もこの10年、理由は違えど、後輩たちを怒らずそのままにしてきた。

自分が入社した頃。老いも若きも、先輩なるものはみな一律「監視員」だった。
それがひどく苦痛だったし、自分はそうなるまいと思っていた。
後輩を甘やかしながら育てると、追従する後輩たちもその後輩たちに甘く接した。みんなあんまり怒らなくなっていったので、雰囲気は良くなったように思う。
キャリアを積んで自らミスを減らしていけるタイプの子もいたし、あんぽんたんなままのヤツもいた。叱る、叱らないと個々人の成長はあんまり関係ないこともなんとなくわかった。
ただ、怒り方を知らない人たちは圧倒的に増えた。

叱られる、叱られないは個々人の成長に因果関係はほとんど無いと書いた。それでも、かつて仕事がなんたるかを知らなかった自分が、その時そこにいられたのは「叱ってくれた先輩」がいたからだとは思う。
怒りという形であったとしても、存在を認めてくれていたから、出来ない自分を自覚し、出来ないなりにどうするか、あがくきっかけをくれていたように感じる。

怒らず、指摘せず、飲み込んで自分で解決し完結させる。
結局、後輩は気づかないわ、自分の仕事は増えるわで良いことなんてあんまりなかった。
怒って、関わって、出来ないなりにやらせて、それを脈々と続けていくというのが組織なんじゃないかと今は思う。
感情的に怒る先輩が嫌だったのであれば、自分はどう怒ればいいのか、徹底的に考えればよかったのだ。

嫌味なき、しかしながらキレのある「怒れる先輩」。私はそんなイカした先輩になれないままサラリーマンを“降りた”けど。周りにいたら、ついていきたいなぁと、思いを馳せるのだった。

大学卒業後、芸能事務所のマネージャーとして俳優・アイドル・漫画家や作家などのマネージメントを行う。その後、未経験からフリーライターの道へ。
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