怒れる女

精神科医・水島広子さんに聞く怒りの取り扱い方「怒ると自分が損をする」【怒り05】

怒りを感じることが多く、怒らないと理不尽な扱いを受け続けることになりがちな世の中。でも、そこで怒りを表現すると「怖い女」「ヒステリー」などと片付けられてしまうことも。「言いたいことも言えない世の中」で上手に怒るにはどうしたらいいのでしょう。『「対人関係療法」の精神科医が教える 「怒り」がスーッと消える本』(大和出版)の著者で精神科医の水島広子医師に話を聞きました。

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怒りを怒りとして表現すると、自分が損をする

ーー今、何かと女性が怒りを感じたり、それを表に出す人が増えていると感じます。「上手に怒る」にはどうしたらいいかをtelling,では特集として考えていますが、先生は「怒りを表現すると損をする」とおっしゃっていますね。

水島: はい。怒りはコントロールが困難だからです。コントロールできないものを使って何かを成し遂げようとしても、難しいですよね。なので怒るのは得策ではありません。こう言うと「じゃあどうすればいいの!」とそれこそ怒りを感じる人もいるかもしれませんね(笑)。まずは、怒りという感情について知りましょう。

怒りには、そもそも「脅威を知らせる」役割があります。怒りのもととなるものによって、自分の何かが脅かされたり、冒されたりするおそれがある。そうした脅威を自分は感じているのだということを、知らせる感情なわけです。

その脅威がそのまま野放しになっていたら、自分は困ることになる。この部分を伝えたほうがいいんです。「怒っています」ではなく「困っています」。その方がみんな聞く耳を持ってくれます。

――「困っています」ですか。具体的には。

水島: たとえば、医学部入試の不正問題について怒りが湧いたとしたら、「性別で差別してけしからん!」と怒るより、「コツコツ勉強すれば合格できると信じて頑張ってきたのに、そうではないと知って今、困っています」。この方が、聞き手も理解しようとしてくれます。

ーー理屈では理解できても、カッとなってしまうと客観的になれません。

水島: 怒りは感情なので自然なことです。熱いやかんに手をあてれば「熱い!」と感じる身体感覚と同じで、感情は反射的にわき起こるもの。やかんを触って「熱いと思わないようにしよう」というのは無理なのと一緒で、怒りの反応を意図的に消すことはできません。

かといって、怒りのままに振る舞うとどうなるでしょう。たとえば「ゴキブリ恐怖症」の人がゴキブリに遭遇したら、パニックになって殺虫剤を振りまいたりしますね。カッとなっている時というのはそういう状況で、恐怖心をベースにして、コントロールを逸した行動や表現をしてしまいます。これでは、怒りを向けられた側にすれば、今度はその怒りが脅威になってしまいます。自己防衛反応として、怒りに対して怒りで返すということが起きてしまうのです。

ーーでは、どのようにコミュニケーションすればいいでしょうか。熱いやかんに手を当てたまま、じっと我慢はできません。

水島: 耐えきれずにやかんを落としてしまいますよね。怒りを抑えて我慢する人も同じで、いつか爆発します。爆発せずにスムーズに生きていくためには、正当な範囲で人に助けを求めたり、「こういうことをされると困る」と伝えたり、穏やかに話したりする技術が必要なんです。

私の議員時代の経験ですが、男性政治家の方々に対して怒りがわいたようなとき、「こんなことも知らないんですか?男女共同参画社会なのに」なんて言ってしまうと誰も聞いてくれないどころか「ヒステリックな女だ」などと敵意を持たれてしまうこともあります。

ところがここで「いやあ、先生ほどの方がこういう恵まれない境遇の人たちを見逃すわけがありませんよね」といった言い回しで伝えると、聞いてくれたりするわけです。女性の苦労を伝えるときも、「先生だってお嬢さんがいらしたら、応援したくなるでしょう」なんて言ってみたり。手のひらで転がすということですね。

「事を成す」ためには無駄をはぶく

ーー正直、「どうしてそこまでへりくだらないといけないの?」と感じます。理不尽に感じませんか。

水島: 理不尽だとは思いません。エネルギーは大切なことに使いたいから、無駄を省きたいんです。怒ることって、ベルトコンベアの流れに対して逆走しているようなもの。エネルギーを消費するだけで前進しません。それよりも、同じ向きの流れに乗ってスムーズに進みたいから、伝え方を工夫する。これを「へりくだる」と捉えるのではなく、「知らない人には教えてあげる」と考えてみてはどうでしょう。「知るチャンスを持てなかった人が知らないのを責めない」ということです。

男女の性差について言えば、彼らは女性が不平等な状況に置かれていることを、全然知らない。知らない人には、伝えるところから始めないといけません。まずは知らない人の味方になって、自分が伝えたいことをわかってもらうために、必要なコミュニケーションをする。それが「事を成す」ということだと思います。

被害者意識を捨てた人が世の中を変えていく

ーー問題に対して怒らずにいて世の中を変えていけるでしょうか。怒りは強いパワーを生み出すものだとも思いますが。

水島: 逆に私は、怒りを原動力にして「世の中を変える」ことはできないと思っています。怒りでのコミュニケーションは綱引きみたいなもので、こちらが引っ張ると相手も全力の怒りで引っ張ります。でも、こちらが手を離せば、相手は引っ張ることができません。

私が言っているのは、綱引きの綱から手を離すということ。自分が間違っていたとへりくだるのではないですよ。引っ張り合うのはエネルギーの無駄遣いだから、一旦綱から手を離して違う方向からアプローチしようということです。

〈次回予告〉
「事を成す」ための最短ルートは、被害者意識を手放し、怒りではなく信念をぶつけること。でも、世の中には女性が怒らざるを得ない理不尽なことがあふれているのも事実です。次回は、水島先生に、そんな現実への対処法をうかがいます。

続きの記事<「世界では女が女を引き上げる」。女性の抱える「怒り」との向き合い方>はこちら

●水島広子(みずしま・ひろこ)先生のプロフィール
慶應義塾大学医学部卒業。同大学院博士課程修了(医学博士)。同大医学部精神神経科勤務を経て、2000年6月~2005年8月、衆議院議員として児童虐待防止法の抜本改正などを実現。現在、対人関係療法専門クリニック院長。慶大医学部非常勤講師。アティテューディナル・ヒーリング・ジャパン代表。日本における対人関係療法の第一人者。ベストセラー「女子の人間関係」など著書多数。二児の母。

「対人関係療法」の精神科医が教える「怒り」がスーッと消える本

著:水島広子

発行:大和出版

20~30代の女性の多様な生き方、価値観を伝え、これからの生き方をともに考えるメディアを目指しています。
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