武内由紀子さんと養子縁組した息子と夫とのスリーショット

産めなかったけど母になったよ! 01

【養子縁組コラム01】よしもとタレント「産まずに母になったよ! 」

よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のタレント・女優の武内由紀子さんはこの夏、特別養子縁組へと息子を託されました。アイドルとしてデビュー、離婚と再婚、4年間の不妊治療を経て、「産めなくても、母になりたい!」と養子を迎えることを決意。迷い悩んだ日々のこと、養子縁組のこと、テリング世代の妹たちに向けてつづります。

●よしもとタレント、養子縁組で母になる 01

「telling,」読者のみなさん、こんにちは。武内由紀子と申します。
よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のタレント・女優です。

 子どもは産めなかったけれど、この夏、母になりました。
 特別養子縁組へと息子を託されたのです。

 幼いころからアイドルにあこがれて、1993年、二十歳のときに吉本興業所属のアイドルユニットのリーダーとしてデビューしました。以来、関西を中心にテレビ番組のリポーターや女優業に挑戦しながら、楽しく仕事をしてきました。

大阪パフォーマンスドール時代の武内由紀子さん(真ん中)
大阪パフォーマンスドール時代(真ん中が私)

 この間、離婚も経験しました。最初の結婚は28歳。結婚生活は6年で終わり、30代は仕事に生きたと言えるかな。九州に住む母親と、母と同居するシングルマザーの姉の家族を「私が支えたる!」くらいの勢いで、めっちゃ仕事に打ち込みました。

 アイドルを「卒業」してからは、マネジャーはいても、現場に行くのもテレビ局との打ち合わせも基本的に自分ひとりです。人と出会ったり、ワイワイ言いながら企画を練ったり。仕事は30代からがぜん楽しくなりました。

 30代後半で友だちの紹介で今の夫と知り合い、この人となら幸せな家庭を作れるだろうな、よし、40歳までに子ども産むぞ! と妊活に励みました。

 でも、人生思ったとおりにはいかないもの。自然に任せたけれど妊娠しない。本格的な不妊治療も4年間、経験しました。

 1年くらい前まで、自分が養子を迎えるとは思ってもいませんでした。
 いくつもの選択と決断をして、迷ったり悩んだりして「母」になるまで、息子を迎えてからの日々を、これから「telling,」でつづってみたいと思います。

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1年前は養子を迎えるなんて思いもしなかった

 ほんまにうちの子なんやな。もうだれかに返さなくていいんやな……

 6月末、都内のクリニックでわが子を初めて胸に抱いたとき、浮かんだのはこの言葉でした。

 自慢じゃないけれど、子ども扱いは得意です。ほんまに子ども、大好き。
友だちに子どもが産まれれば真っ先にお祝いにいったし、姉の子どもも、友だちの子どもも、自分の子のようにかわいくて、オムツも替えて、お風呂にも入れて、たくさん世話をしてきました。

 でも本格的な不妊治療を始めたころから、素直な気持ちで子どもたちと接することができなくなっちゃったんです。時間がくれば、かならず親もとに返さないとならなかったから。
 別れるつらさを味わうぐらいなら、最初から心も通わせないでおこう。
 そんな気持ちになってしまっていました。

 でも、いま胸に抱いているのは、今度こそ「うちの子」なんだ。
 明日の朝、目が覚めても、この子は横にいてくれるんだな、って。

 特別養子縁組を仲介してくれる民間団体フローレンスのセミナーに申し込んだのは一年前の夏。
  面接を経て昨年12月に「養親候補」として正式に登録したものの、いつ赤ちゃんがくるのか、男の子か女の子か、どんな背景をもって産まれてくるのか、まったくわからないまま半年が過ぎました。

 いま思えば、まるで妊娠期間そのものでした。

ちっちゃな息子の足

母になったことを告げる1本の電話

 息子の誕生を最初に知らせてくれたのは、フローレンスが提携するアクロスジャパン代表の小川多鶴さんからの1本の電話、いえ、1本のLINEでした。

 静岡でのテレビ収録に向かう新幹線の車中でブルブル……とスマホが鳴って、「いま電話していい?」と。「楽屋に着いたら電話します」と返信を打ちながら、(ああ、ついにその時がきた……)と確信がありました。

 楽屋で一呼吸置いて電話をかけると、案の定、小川さんの第一声は、
「○○が産まれたよ~!!」

 子どもの名前は養親登録をした時に、男女それぞれ二つずつ考えて提出していました。実際に赤ちゃんが産まれ、産みのお母さんが委託に同意したら、その中から選んでもらうようにです。その名前を、小川さんはさっそく呼んでくれたんです。 奥さんの出産の知らせを受ける夫って、こんな気持ちなのかな……?
それから数日で、待ったなしの子育ての日々がスタートしました。

 息子はいま、横でスヤスヤ眠っています。それはあまりに自然な光景です。もうずっと前から、この子は私たち夫婦とつながっていて、来るべくしてわが家にきた気がします。息子に言葉をかけるなら、「ようこそ」じゃなくて、「おかえり」――。

 親子を結ぶ“縁”って、不思議なものだなって思います。

次回はこちら:【養子縁組コラム02】よしもとタレントが語る「私が”養子を迎える”ことを決めた日」

  • ※この記事は当事者の方々の承諾を得て掲載しています。

タレント、女優。1993年に「大阪パフォーマンスドール」としてデビュー。現在は読売テレビ『大阪ほんわかテレビ』や劇場『ルミネtheよしもと』などで活躍。2013年に7歳年下のパン職人の夫と結婚。
バーティカルメディア「ポトフ」統括編集長。朝日新聞では経済部やAERA、GLOBE編集部などを経て現職。2011年にGLOBEで「養子という選択」を特集して以来、養子縁組や里親の取材を続ける。著書に『産まなくても、育てられます』(講談社)
産まずに母になったよ!