本という贅沢143『移住女子』

さとゆみ#143 少なく豊かにモテながら生きる。今めちゃくちゃ気になる『移住女子』

隔週水曜日にお送りするコラム「本という贅沢」。コロナ禍で在宅勤務が広がり、地方に移住する人が増えています。移住すると生活や価値観はどう変わるのでしょうか?書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが、移住を扱った一冊を紹介します。

 

●本という贅沢143『移住女子』(伊佐知美/新潮社)

都会に住むのをやめて、地方に移住したいと思ったことがありますか?
私は、あります。いま、猛烈に。

コロナでリモートワークが進んで、私のような仕事だと、東京にいる理由がほぼなくなった。
私に限らず、そういう人は多いんじゃないだろうか。気づけば友人たちが、続々と東京を離れている。そして、そういう友人たちの多くは、山や川や海や田畑が日常にある生活を楽しんでいて、羨ましい限りの写真がSNSにばんばんアップされている。

それを東京で見ていると、私の生活、なんだかなーって思う。
都会は、息をしているだけでお金がかかる。高い家賃を払うためには、それなりの量の仕事を入れなくてはならない。その仕事量をキープするために、人を雇ったり、アウトソーシングしたりする。
こんなに頑張って働いているんだから、ご褒美、ご褒美、って、お洋服買ったり、美味しいものを食べたりする。結果また、いっぱい働かなきゃってなる。

元気なときはいいけれど、ちょっと体がしんどいときなどは、「こんな暮らし、いつまでするのかな」って思うこともある。いつまでするのかな、というか、いつまでできるのかな、という感じ。

ところで先日、徳島県のある町にいた。
4年前に友人が移住したことをきっかけに、仕事やプライベートでたびたび通うようになった町。そこで泊まった宿の本棚に、この本があった。『移住女子』。

折しもその前日の夜、こちらで知り合った人たちに、移住の良さをとっぷり聞いたところだった。

なかでも、衝撃的だったのは、ここに住んでいる20代・30代の女の子たちが、とてもリッチだという話。
家賃が安い。小さな畑や田んぼを持っている家が多く、食材を譲り合うから、食費もあまりかからない。そういう女子たちは、趣味や付き合いにたっぷり時間とお金をかける。彼女たちが女子会のようなハレの場で空けるワインを聞くと、私なんか、絶対に開けられない高価なボトルだった。

きわめつけは、次の日の早朝。
「天気がいいから川に行こう」と言われて、鮎が泳ぐ姿がきらっきらと光る川に連れていってもらった。水着は持ってきていなかったから、キャミソールと短パンでじゃぶじゃぶ川に入る。日が高くなるにつけ、水温もあがっていく。
朝、家でドリップしたコーヒーを飲みながら、「私、暑い日はいつもここで、川に足をつけて読書するんだよねー」という友人。
なんというか、頭を殴られたような気持ちだ。1杯600円のコーヒーを「高いなあ」と思いながら、カフェで本を読む都会の生活を思い出す。

9時半には、「仕事が始まるから、先にいくね。ごゆっくり」と、川を引きあげていった彼女の背中を見送りながら、月並みながら、豊かさって何だろうと思っていた。

『移住女子』には、都会を離れ、地方に移住を決めた7人の女子たちの体験談が載っている。岩手、宮城、新潟、長野、鳥取、高知、福岡。こういう本で取材される人たちなのだから、「移住女子」の中でも、成功者というか、今の人生が上手くいっている人たちなのだとは思う。
でも、そのバイアスを差し引いても、等身大の彼女たちの言葉は、お腹の下のほうにずーんと響いた。ページをめくる手がとまらなくて、そのまま宿のソファーで一気読みした。

この本に出てくる女子たちが口をそろえて言っていたことは
「使うと減るもの(お金)ではなく、増えるもの(教育、信頼関係など)に人生を使うという」こと。
そして
「移住をすると『働く』という概念が、都会にいたときと根底から変わる」ということ。この感じは正直私にはよくわからないのだけれど、その価値観の変化に彼女たち自身が一番驚いている雰囲気は伝わってきた。

もちろん、生易しいことばかりじゃないと思う。でも、
「とりあえず100万円あれば、当面の生活はなんとかなる。飛び込んでしまおう」
と書かれた文章を読んで、なんだか突然、移住に現実味を感じたりもした。

「移住女子は(相対的に)モテる」という話もおもしろかった。彼女たちが、なんらか、好きになった人の影響を受けて移住したり、移住してあっという間に好きな人ができて定住したりしているのにも、とても興味をひかれた。
結局、恋か。とも思うし、いやいや人生、恋だけで十分だとも思う。恋だけで十分なのに、山も川も海もあるのだ。そして、仕事もあるという。

この夏はずっと、住む場所、働く場所、生きる場所について考え続けています。


それではまた、水曜日に。

 

●佐藤友美さんの新刊『髪のこと、これで、ぜんぶ。』が9月6日発売!

佐藤友美さんのコラム「本という贅沢」のバックナンバーはこちらです。


・捨てるか、残すか、その夫。1ミリでも離婚が頭をよぎったらこの本(原口未緒/ダイヤモンド社/『こじらせない離婚』)
・病むことと病まないことの差。ほんの1ミリくらいだったりする(村上春樹/講談社/『ノルウェイの森』)
・デブには幸せデブと不幸デブがある。不幸なデブはここに全員集合整列敬礼!(テキーラ村上/KADOKAWA/『痩せない豚は幻想を捨てろ』)

・人と比べないから楽になれる。自己肯定感クライシスに「髪型」でひとつの解を(佐藤友美/幻冬舎/『女は、髪と、生きていく』)

さとゆみ#142 わかりやすく読みやすい文章を書くための本は、これ一冊でいい。「文章術のベストセラー100冊」
年間10冊以上を担当する書籍のライターとして活動。ビジネス書から実用書まで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『道を継ぐ』など。