宮藤官九郎×長瀬智也「俺の家の話」1話。12kg増量!プロレスラー長瀬の圧倒的な華と存在感

長瀬智也×宮藤官九郎の最新作にして、おそらく最後となる「俺の家の話」。王道ホームドラマの形をとりながら、親の介護と相続、そして芸を受け継ぐことを描きます。ユーモアたっぷり、宮藤ドラマの魅力の詰まった今作の第1話は……?
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宮藤から長瀬へのはなむけのようなドラマ

2020年7月、長瀬智也がジャニーズ事務所を退所することが発表された。「芸能界から次の場所へ向かいたい」というコメントを残した彼の、おそらくは最後となるドラマ出演作が「俺の家の話」だ。

脚本宮藤官九郎、チーフプロデューサー磯山晶、演出金子文紀。「池袋ウエストゲートパーク」から続く鉄壁の組み合わせ。今でこそ日本を代表する脚本家の一人となった宮藤だが、彼の連続ドラマデビュー作がこの「池袋ウエストゲートパーク」だ。宮藤の脚本家としての第一歩からそこには長瀬がいた。宮藤の長編監督デビュー作「真夜中の弥次さん喜多さん」の主演も長瀬だった。宮藤作品にとってなくてはならない俳優が長瀬智也なのだ。

今作で長瀬が演じるのはちいさなローカルプロレス団体「さんたまプロレス」に所属する、ピークを過ぎたプロレスラー、観山寿一。人間国宝の能楽師・寿三郎(西田敏行)の危篤の報を受け、実家に戻って父の介護をすることになる。

師匠と弟子。伝統芸能と、かけ離れた世界との重なり。この設定には落語とヤクザの世界とを描いた「タイガー&ドラゴン」を思い出さずにはいられない。ここで落語家の師匠と弟子という関係を築いた西田と長瀬は、「うぬぼれ刑事」での親子を経て、「俺の家の話」で師匠と弟子であり父と子である、という総決算ともいえる関係性を結ぶ。今作は、宮藤から長瀬へのはなむけのようなドラマだ。その想いに応え、12kgの増量をしてプロレスラーの身体をつくっている長瀬の圧倒的な華と存在感が、このドラマの軸になっている。

父と息子の関係性、そのさじ加減

幼い頃から宗家を継げと言われ、「なぜ俺なのか」を問い続けてきた寿一は、介護がなくては生きていけない父親に風呂とおむつ交換担当を命じられ、再び「なんで俺なんだよ」と苦悩する。けれど家を継ぐことも、介護をすることも、ただただ目の前に現実が横たわるだけで、はっきりとした理由などない。

「俺の家の話」の中心にあるのは、親の介護という、誰にも降りかかる可能性のある問題。父親が倒れて2年間で現実を受け入れ、父が危篤になるや冷静に遺産の計算をする弟や妹と、しばらく父の近くにいなかったからこそ情緒に訴える綺麗ごとを言う長男という対比にはリアリティがある。1話では特に、家族も本人も全く心配していなかった認知症の疑いが出るシーンが出色だった。「野菜の名前を言ってください」という認知症テストにうまく答えられない父の焦燥と、じわりと不安と驚きが広がる家族の表情をじっくり描く時間。やがて要介護1の認定を受けて、能の謡を見事に諳んじながら落ち込む寿三郎にかける寿一の「別にいいだろ、あんた八百屋じゃねえんだから」の言葉。そして一度は失敗した風呂の介助を丁寧にやってみせる寿一。このくだりの乱暴な優しさに宮藤脚本の、そして長瀬という役者の魅力が詰まっている。

寿三郎は息子に対して一度もあたたかい言葉をかけない。意識不明の父に向かって「俺継ぐよ」と語る寿一の録音を聞いても「俺の意識がないのをいいことに」と憎まれ口を叩く。引退直後の寿一に「見たよ配信、ぐっだぐだの引退試合な! 0点!」と吐き捨てる(でも引退試合の配信をちゃんと見守っていたことはわかる)。寿三郎が寿一のことを思っているのがはっきりとわかるのは、寿一が病院に持って行ったスマホだけだ。寿一がぽんと布団の上に放り投げたその待ち受け画面には、ブリザード寿の写真が設定されている。それまでガラケーを使っていた寿一はたぶん気づいていないのだろう。このさじ加減!

今、そこにある介護

コロナ直後のドラマでは、マスクをしていること自体がセンセーショナルだった。けれどこのドラマでは、とくに際立たせることなく、現実に即した状況が映し出されている。プロレス会場の控室に無造作に置かれた消毒液とマスクの箱。寿一の「心の中でご唱和ください、おひさしブリザード!」の呼びかけからは、プロレスの観客が発話を禁止されていることがわかる。そして病院など公の場ではマスクをしていて、家の中ではマスクを外すという区切り方。いまの日本の、どこかの家庭の様子を私たちは現在進行形で垣間見ているのだ。

ちなみに冒頭、「ブルーザー寿一」を「ブリザード寿」と読み違えたリングアナを演じたのは岩井秀人。俳優であり脚本家でもある彼は、自らが主宰する劇団ハイバイで上演したデビュー作「ヒッキー・カンクーン・トルネード」で、プロレスと出会って4年間のひきこもりを脱出しようとする自身の経験を描いている。また、父とのうまくいかない関係性を描いた作品も複数生み出している。たった一瞬のシーンにそんなストーリーも見出せるところが、このドラマの奥行きを感じさせる。

終盤、デイケアセンターで出会い、寿三郎と結婚した戸田恵梨香演じる志田さくらがどうやら後妻業の女らしいことがわかる。2020年に上演された宮藤官九郎脚本の舞台「獣道一直線」は、老いた男たちを次々手玉にとる女を描く物語だった。さくらの存在には、この舞台からの流れを感じずにはいられない。

畳に障子の居間で、ひとつのちゃぶ台を家族が囲む古き良きホームドラマの構図。これでもこのドラマでは、父親は下半身麻痺で車椅子だから高いテーブルがしつらえられ、横にはヘルパーがいる。「いただきます」と言う長男の横には、ふだんは離婚した妻のもとで暮らす、学習障害の子どもがいる。ラストの食事シーンは、ドラマの”伝統”を新しく塗り替える宮藤官九郎作品の象徴のようだ。

かつて正方形の能舞台から逃げ出して、同じく正方形のリングにたどり着いた寿一。25年ぶりに再び能舞台に戻ってきた彼のこれからを、そして長瀬智也の演技を、一話一話、惜しむように楽しみたい。

次回はこちら:宮藤官九郎×長瀬智也「俺の家の話」2話。介護も金も、家族には頼みづらい

ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
漫画家・イラストレーター。著書に『ものするひと』『いのまま 』など。趣味は自炊。
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