できない理由を探さない。長野の田舎娘が気鋭の映画監督になるまで
●好きを仕事に
私が好きで信じていたものはこの世にないかもしれない
――魔法使いになりたい少女がライブハウスの照明技師を目指す「いいにおいのする映画」、普通の大学生として生きる魔女の女の子とその彼氏の狼男の成長を描く「ウィッチ・フウィッチ」など、酒井監督の作品の題材はファンタジーが多いですね。昔から好きだったんですか?
酒井さん(以下酒井): 両親の影響でディズニー作品を見たり、サンタクロースもずっと信じていました。子どもの頃のあだ名は「メルヘン」でしたから(笑)。中学生になって友だちとの話題が恋愛ばかりになった時に、空想の話ができなくなって、私が好きでずっと信じていたものはこの世にないのかもしれない、ってかなり本気で悩みました。
その頃から、グリム童話や地域の伝承本を読み漁るようになりました。どれもオリジナルの作品ではなくて、各地方にあったお話をまとめたものなんですよね。「あそこでああいう事件があったらしいよ!」っていう噂話を、エンターテイメントとして昇華している。
今でも、実際にあった事件をモチーフにしながら小説や映画の作品が作られることってたくさんありますよね。ただ、その事件や出来事のなかに実在する闇や障害が、時として邪魔な情報になってしまうこともある。そこを非現実的な設定にすることで、その物語が本当に伝えたいことだけが浮かび上がってくることもあると思うんです。
仕事でボロボロになると脚本を書いていた
”映画”を初めて撮ったのは9歳のとき。3歳の妹を魔法使いにしてステッキを持たせて、ガラケーで(笑)。昔から、やっていることが変わらないですね。本当は画家になりたかったのですが、食べていけないから、と母に反対されて。ふわふわした思いを見抜かれていたんだと思います。最終的に高3で映画監督になりたい、と心を決めて、映画学科への進学を決めました。
――学生時代から映画制作に取り組んでいらっしゃいますが、一度京都で就職なさっていますね。
酒井: 京都の大学に通っていて、本当は大学院に行きたかったんですけど、不合格で。そのまま京都の映像制作会社に就職しました。とにかく忙しくて、土日はなし、帰宅も朝の5時、6時になったり。新人ながら構成台本から編集まで全部やっていて、その時はボロッボロでした。
でもね、ボロボロになったらどうなるかというと、脚本を書き出すんです。「自分の創作をしたい!」って。それが当時のストレスの捌け口でした。
「できない理由を探している」父からの言葉
――その後酒井監督は会社を退職して単身上京。2017年には元SKE48 の松井玲奈さんをキャストに迎えた映画「はらはらなのか。」で監督を務めました。20代にして大きな決断とチャレンジ。作品作りでブレないために大切にしていることはありますか?
酒井: 作品に入る前に見るようにしているノートがあって、いろんな人から言われた言葉などを残しています。
たとえば、「できるようにするにはどうするか考える」。小さい頃から父に言われてきた言葉です。逆上がりの練習で、頑張っても頑張ってもできなくて泣いていたら「いま、できない理由を探しているだろう」って。「もう日が暮れて来たから」とか「どうせ自分は運動神経がないから」とか。そうじゃなくて、できる方法を考えてごらんって。
――映画監督だけでなく、舞台の演出や広告、ミュージックビデオの監督と活動は多岐に渡ります。どれか一つには絞らない?
酒井: 私、長野のど田舎育ちなんです。映画館も劇場もない。最近ようやくスタバができただけで大騒ぎするような街。子どもの頃の娯楽はテレビとビデオ屋さんでした。何かつらくなったときにビデオを借りたり、テレビを見たりして、救われていました。
そういう長野の田舎娘が救われたように、どこかの誰かが救われるようなものを作りたいと思っています。言葉にするとおこがましいですが、「人生捨てたもんじゃないよ」っていう、愛。そういうものを届けたいです。映画をメインでやれたらそれは嬉しいけれど、エンターテイメントとして届くものだったら、何でもやりたい!というのが今の気持ちですね。
- ※次回後編(12月7日公開予定)では、テレビドラマの監督に初挑戦した「恋のツキ」の過激なベッドシーンへのこだわりや、現場での気持ちの切り替え方などについて伺います。
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●酒井麻衣さんプロフィール
映画監督。長野県出身。映像作品の他、舞台の脚本演出等にも携わる。Netflixで11月30日より配信が開始したドラマ「恋のツキ」では連続ドラマの監督に初挑戦した。 11月22日に配信されたゲスの極み乙女。の最新曲「ドグマン」のMVも手掛け話題に。
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