ふかわりょうの連載エッセイ「プリズム」18

【ふかわりょう】夫婦は梅酒のように〈後編〉

人気情報番組「5時に夢中!」(TOKYO MX)のMCや、DJとしても活躍するふかわりょうさん。ふかわさん自身が日々感じたことを、綴ります。光の乱反射のように、読む人ごとに異なる“心のツボ”に刺さるはず。隔週金曜にお届けします。

●ふかわりょうの連載エッセイ「プリズム」18

夫婦は梅酒のように〈後編〉

「おかしいなぁ…」
 本日3度目の温泉から戻ってくると、部屋をうろうろしている父。
「だって、さっきご飯食べたでしょう?」
 どうやら、入れ歯を捜しているようです。おかしな話です。夕食の時はしっかり装着していたので、その後自分で外さなければ失くなりません。無意識にどこかに置いてしまったのでしょうか。購入したばかりの入れ歯。入れ歯といってもなかなか高価で、なくなったら買えばいいというようなものではありません。
「もしかして、仲居さんが持って行っちゃったかしら」
 そんなわけありません。何と間違えて入れ歯をお膳に載せるというのでしょう。じゃなければ、入れ歯泥棒か。お年寄りの入れ歯を換金する悪の組織。奥から声がします。
「ここにあるじゃない!」
 母の声でした。気になって見に行くと、洗面台の蛇口の横にしっかり置いてあります。あまりにも自然に並んでいて、目に入らなかったのでしょう。何も知らずに見たら、声をあげてしまいそうです。

「あれはさぁ、一度ケースにしまったと思ったから」
「もう、本当に笑っちゃう」
 チェックアウトしてからも、昨晩の入れ歯騒動が話題に上る車内。3人は、近くの美術館に向かっていました。
 当初は、茅ヶ崎にある美術館に寄る予定だったのですが、メディアで扱われたことで絶賛大混雑中。そこで白羽の矢が立ったのが、町立湯河原美術館。湯河原は、その温暖な気候から、作家や画家など多くの芸術家たちに愛されてきました。
 温泉街に佇む小さな美術館は、赤レンガ造りで、喫茶スペースやお土産コーナーなどもあります。裏には小さな庭園があり、水琴窟の音色を聞くこともできます。
「これが、お弁当太郎の…」
庭園を散策していると、石碑の前で母がつぶやきました。
「お弁当太郎?」
 漫画のキャラクターのようですが、きいたことありません。そんな人物の石碑が美術館の庭園にあるのでしょうか。案の定、そこに彫られていたのは、「お弁当太郎」ではなく、「安井曾太郎」。湯河原に住居とアトリエを構えた洋画家です。崩して彫られているので、「お弁当」に見えなくもないですが、あまりにも普通に「お弁当太郎」を受け入れている母に笑いが止まりません。

「なかなか良かった」
 山椒は小粒でもピリリと辛いと言うように、町の小さな美術館も、ゆったりできて、見応えもありました。
「涓(けん)さんも、そう思ったでしょ?」
「いやぁ、俺はすぐに気づいたよ」
 お弁当事変の検証が行われる車内。次に向かったのは、温泉街の外れにある、スウィーツのお店。ちょっとした工場見学やイート・インもできます。湯河原の名産のみかんが時期的になかったので、ミルクとトマトとチョコのジェラートを3人でほおばる日曜の午後。

「やっぱり混んでるね」
 海沿いの道をゆっくり進んでいます。「入れ歯騒動」と「お弁当太郎」の話が度々プレイバックされては、笑いがこぼれる帰りの車内。パーシー・フェイスオーケストラのおかげで、相模湾がエーゲ海のようにキラキラしています。梅酒は、梅を取り出したら、お好みで何年でも熟成させられるそうです。漬けるほど味がまろやかになるのだとか。結婚して55年。時間をかけた分の香りがします。お土産用に購入した曽我梅林の梅酒が、後ろで揺れていました。

       

タイトル写真:坂脇卓也

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1974年8月19日生まれ、神奈川県出身。テレビ・ラジオのほか、ROCKETMANとしてDJや楽曲制作など、好きなことをやり続けている。
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