料理は、おなかを満たすだけではない。心まで侵入する手段だとしたら
●本という贅沢。30
「掃除や洗濯が苦手なの」と言うのに抵抗はないけれど、「料理が下手なの」と言うのには抵抗がある。同じ家事でくくられる行為なのに、この差はなんだ。
と、考えていた私に、その答えのヒントをくれたのは、友人だった。
彼女はよく私たち仲間に料理をふるまってくれる。私たちはみんな、彼女の手料理が大好きだ。
その彼女が、「キモいって思ったらごめんね……」と前置きして、私たちに伝えてくれたことがある。
「私の作った料理が、大好きなみんなの体の中に入って、細胞になっていくと思ったら、なんか幸せな気持ちになるんだよね〜」。
いつも開けっぴろげな彼女が、顔を赤らめながら言ったその言葉に、なにかなまめかしいものを感じてドキっとした。
そうか。料理を作って食べさせるということは、相手の体にインサートするということなのか。
男と違って、自分の血肉を異性に挿入できない女性にとって、料理をふるまうことは、ひとつのまぐわいなのかもしれない。
料理ができないことが、女として何か片手落ちに感じてしまうのは、このせいではないだろうか。
『BUTTER』は、料理によって、じわじわと自分の存在を相手に満たし、相手の肉体も思考もからめとり、最後には相手を死に追いやる女のミステリー。
この本では、誰かを自分のものにする手段として、男が女を抱くように、女は男に(女にも)料理を与える。
セックスと料理が、もし、体だけではなく心に侵入する手段だとしたら。確かに、その供給をストップすることで、人を病ませたり殺すことくらいは可能なのかもしれない。
バターというタイトルにふさわしい、何重にも折り重なる濃厚な物語で、謎を解こうとすればするほど、いろんな登場人物のパンドラの箱が開いていく。
そのどれもが「食べること」と関わるパンドラの箱で、女性性に仕事観、恋愛観に、家族観。これらのこじれは、みな、料理に結びついている。
料理がこじれると、それらもこじれる。
「食べることって、生きることだよね」なんて言葉では言い尽くせない、「業」のつまったお話なのです。
読んでいる間じゅう、とにかくお腹が空きます。
お腹が空くとは飢えるということ。
飢えると五感が研ぎ澄まされる。
そうして読み終わった後のバターかけご飯はもう……背徳の味です。
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同じく食をテーマにした柚木さんの大ヒット作が『ランチのアッコちゃん』シリーズ。こちらは『BUTTER』とは打って変わってスカッと爽やか軽やかな食べ心地。『BUTTER』で胃もたれした人にも、おすすめです。
それではまた来週水曜日に。