本という贅沢。29

「ていねいな生活」と「なぎ倒し生活」のちょうど真ん中くらい

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。11月のテーマは「食」。あなたの骨となり血となり肉となる1冊を、書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢。29

『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(有賀薫/文響社)

昨日、小学一年の息子と話をしていたら、「僕は早く大人になって、自由になりたい」と言う。
自由になって何をしたいのかと聞いたら、「仕事なんかさっさと楽に終わらせて、家に帰ってきて、あとはずっとゲームして、お腹が空いたら美味しいご飯食べて寝る」だとか。
なかなか大した自由だと思って感心した。私が小学生の頃には思いつきもしなかった、極めて人間らしい本質的な夢だと思う。

しかし、私は君に一言いたい。

じつは、それが、一番難しい。

仕事さっさと終わらせて、家でのんびりするとか、telling,の皆さんはやってますか? やってなくない?
仕事面白すぎて、むしろ自分から仕事増やしにいってない?

私も大人になるまでわからなかったのだけれど、仕事って、ささっと楽に終わらせちゃうと、驚くほどつまんないんだよ。頑張るより、頑張らない方が難しいんだよ。

この先AI時代が完全到来したら、よっぽどだよ。
人間がやる仕事なんて、自分が心から楽しめるものしか残っていかないだろう、苦しいことなんかやる必要なくなるから。
となると、ですね。
今でさえ頑張っちゃってる仕事、もっと頑張っちゃうよね。楽しかったら、手、抜く理由、ないもんね。今以上に、ささっと終わらなくなるんじゃないだろうか。

……
…………

という前提のもとで、私の仮説を聞いてほしい。
ちまたでよく聞く、「ていねいな生活」ってワード、あるじゃないですか。
あれ、私は都市伝説じゃないかって思っているんだけど、どう思います?
あれ、私たちの妄想が作り出した幻影じゃないかなって。

いや、私だって、「ていねいな生活」に憧れたこともあった。
でもね、無理や。毎日シーツを替える生活とか、絶対に無理。
仕事楽しすぎて慌ただしすぎて、「生活」を見つめる時の解像度が視力0.1くらいしかない。ぼんやりかすんでしか見えない。

いま、この東京で、時間の流れをスロウにして生活にピントを合わせることは、本当に難しい。
だから、都心に存在するのは、「ていねいな生活」に憧れる女子たちが、実際にはブルドーザーのようにガガガと「なぎ倒した生活」の残骸のように思う。
「ていねいな生活」は、2次元の中のもので、リアルな東京には存在しないんじゃないかなって。

とは言え、そう言い切ってしまうことに、罪悪感がないかというと、そんなこともない。
私もあなたも多分そう。ちょっと、心苦しく思っている。「ていねいな生活」を諦めることは、自分を大切にしないと宣言しているようなものだから。

と、そんなことを日頃ぐちゃぐちゃ考えている私のもとに、この本は、ストンと落ちてきた。
ちょうど、「ていねいな生活」と「なぎ倒し生活」の真ん中くらいに。

スープをつくるくらいならできるかもしれない。「ていねいな生活」に0.5歩近づくかもしれない。2次元の幻想だと思っていた「ていねいな生活」を、3次元の世界に召喚してくれる魔法の本だよ。
中のレシピ、いくつも作ったけれど、ちょっと、自分を好きになれるような味だった。スープからたつ湯気が、「リアル」にあったかくて、いい感じです。

  • こちらの本は、2018年のレシピ部門入賞作。今年の料理レシピ本大賞は、料理書籍を専門に作っているわけではない編集さんが担当した本がずいぶん受賞しました。初心者向けのレシピ本が多かったのも特徴です。
    この連載でもご紹介した「レシピを見ないで作れるようになりましょう」もそのひとつ。「食べる」とか「食事を作る」といった行為の定義も新しくなったのかもしれないですね。

それではまた来週水曜日に。

続きの記事<料理は、おなかを満たすだけではない。>はこちら

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。

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