本という贅沢。28(後編)

「半径1メートル以内の課題を解決する本を」編集者・多根由希絵

『1分で話せ』『大人の語彙力ノート』『10年後の仕事図鑑』など、次々ヒット本を生み出した、SBクリエイティブの編集者、多根由希絵さんに、書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが聞きました。

●本という贅沢。28〈後編〉

  • 多根由希絵さんが手がけたおもな本
  • 上段左から
  • 『リッツ・カールトン一瞬で心が通う「言葉がけ」の習慣』(高野登さん/7万部)
  • 『世界のエリートが学んできた「自分で考える力」の授業』(狩野みきさん/10万部)
    (以上日本実業出版社)
  • 『「おもしろい人」の会話の公式』(吉田照幸さん/3.6万部)
  • 『世界一仕事が速い人は、なぜメールを使わないのか』(ピョートル・フェリクス・グジバチさん/3.6万部)
  • 『本音で生きる』(堀江貴文さん/33.3万部)
  • 『大人の語彙力ノート』(齋藤 孝さん/30万部)
  • 『1分で話せ』(伊藤羊一さん/20.1万部)
  • 『10年後の仕事図鑑』堀江貴文さん、落合陽一さん/23.5万部)
    (以上SBクリエイティブ)

イオンで売れる本を意識してから本づくりが変わった

――同じ著者さんの書籍でも、担当編集さんによって売れたり売れなかったりするのは、どうしてなんでしょう。例えば『本音で生きる』は、100冊近くある堀江貴文さんの著作の中で、ベスト3に入る売り上げですよね。

多根さん(以下多根) 堀江さんの本を企画した時、ちょうど今の会社に転職したばかりだったのですが、どの本も泣かず飛ばずでメンタル的に落ちていたんです。そこで、「メンタルが強い著者さんにメンタルを強化する方法を教わりたい」とオファーしたのが堀江さんでした。

――多根さんにも、そんな過去が!

多根 うちの会社では、担当本が売れないと「振り返り会議」という反省会に呼ばれるのですが、4回連続で呼ばれたくらいです。

その後、営業部のビジネス担当の者と売り方についての話をしていたときに、以前いた会社と考え方が違うことに気づきました。どちらかというと、前社は紀伊國屋さんに代表されるような、都市のビジネス街の書店さんにしっかりしたビジネス書を売る傾向がありました。しかし弊社は、もう少し広い範囲、例えば郊外のショッピングモールに入っている書店さんでも手に取っていただけるものでないといけない。

「そうか。イオンで買い物している最中の方たちに手に取ってもらえないと売れないんだな」と気づいたのが、自分の本作りが変わるきっかけでした。

半径1メートル以内の課題を解決する

――都心でも地方でも手に取られる本というのは、具体的にはどんな本でしょう?

多根 その人の「半径1メートル以内で起こっていること」をイメージして作ります。振り返ると、前社で売れた本も、共通していたのは「身近な自分ごと」をテーマにしていたことでした。

『リッツ・カールトン一瞬で心が通う「言葉がけ」の習慣』は、それまでサービス業の文脈で語られることが多かった高野さんのメソッドを「言葉がけ」という、半径1メートル以内の課題に持ち込んだものでしたし、『世界のエリートが学んできた「自分で考える力」の授業』も、「グローバル×考える」で、やはり半径1メートル以内のテーマです。

――堀江さんの場合は「本音で生きる」が、その「半径1メートル以内」の課題だったから、多く人に刺さったんですね。

『本音で生きる』

多根 この本は、堀江さんにどんなテーマで書いてもらいたいかを考えていた時に、編集長が「堀江さんの凄いところは、テレビ番組などでもずっと持論を曲げずに、本音で話していることだよね」と言ったことがきっかけになっています。安易ですが、「あ、『本音』って、いいな」と(笑)。
そして、これは冗談のような話なのですが、地元のマクドナルドに30代の男性が「あー、言いたいこと言いてえ!」と言いながら店に入ってきたことが重なったんです。
この時、「本音で話したい」というのは、世代も職業も超えた普遍的な課題なのかも、と手応えを感じました。

本音の本だから嘘はつけない

――私、あの本の大ファンです。今まで誰も言ってくれなかったことを教えてもらえますよね。

多根 ありがとうございます。でも、あの本は、取材では本当にダメダメだったんですよ。その時の取材が、どれくらいダメだったかは、堀江さんが『多動力』で書かれているくらいです(笑)。

多根 どうやって1冊にまとめようかと悩んでいたら、堀江さんが一貫して「本音で生きる」というテーマがピンとこないとおっしゃっていたことに気づいたんです。でも、それがそのまま堀江さんの強さでもあるように思い、そうか!この言葉がそのまま本の骨子になるじゃないか、と。

――はじめにの一行目に書かれた「ピントこない」という一文と最後に書かれた「こんな本は読み終わったら捨ててほしい」という一文が衝撃的でした。

多根 『本音で生きる』という本だから、嘘はつけないですよね。自分が担当した本に「捨ててもいい」と書いたのは初めてです(笑)。

右脳と左脳、両方動かないと売れない

――『10年後の仕事図鑑』も、まさに、半径1メートル以内の悩みに刺さる書籍ですよね。この間、北海道の小樽行きの汽車の中で、この本を一心不乱に読んでいる子連れのパパを目撃しました。

多根 東京のビジネスパーソンだけではなく、子どものいるパパ・ママにも読んでほしいと思って作っていたので、嬉しいです。

『10年後の仕事図鑑』

――都心で働きながら、地方の読者のリアルな悩みを知ることって難しくないですか?

多根 そこは本当に切実な課題です。お正月に実家の三重県に帰る時に地元の書店を見るのは貴重な機会。親戚の話の中にもヒントがないかと、いろいろ質問してしまいます。
「愛読者カード」もしっかり読むようにしています。そこに書かれた読者の感想を読むと「この課題は東京も地方も同じなんだな」などとわかるので。

――いろんな地域、職業の人に受け入れてもらえる本にするために、意識されていることはありますか?

多根 普段からビジネス書をよく読む向上心の強い方たちのために、「今は、こっちが新しいよ」という時代的なメッセージは必ず入れるようにしています。その一方で、小難しくならないように、とっつきにくく見えないように意識しています。

例えば『10年後の仕事図鑑』では図や絵を多用したり、『大人の語彙力ノート』では、すぐに使えそうな授業のまとめノートのようなフォーマットを取り入れました。

多根 全部ロジカルに構成すればいいわけではなく、右脳と左脳の両方が動かないと、欲しいと思ってもらえない。これは装丁も同じです。
『1分で話せ』のカバーは、画用紙のような紙を使っているんです。洋書っぽいカッコよさは出したいとデザイナーさんにお伝えしていたのですが、つるっとした紙にこのデザインだと少しとっつきにくい。無印良品のようなクラフト感を出すことで、抵抗なく家に持ち帰って“自分のものにできそう”なあたたかみが出せるのではないかと思い、このデザインでお願いしました。

――多くの読者に届けるためのいろんな工夫を伺うことができました。ありがとうございました。

  • 【さとゆみのつぶやき】
  • 当代きってのビジネス書編集者さんなので、ズバズバものをおっしゃる大声&早口な女性を想像していたのですが(発想が貧困ですみません)、お目にかかった多根さんは、私の想像とは全く違うとても細やかで優しい方でした。「半径1メートル以内の課題を本気で解決できる本を」という言葉を聞いたとき、多根さんの本を読み終えた時にいつも感じる、「私のために作ってもらえた感」の正体がわかったような気がします。

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。