本という贅沢。28 〈前編〉

「2018年の大ヒット本3冊はこうして生まれた」編集者・多根由希絵

『1分で話せ』『大人の語彙力ノート』『10年後の仕事図鑑』など、2018年を代表するヒット本を次々と生み出した、SBクリエイティブの編集者、多根由希絵さん。彼女の本はなぜ支持されるのか。書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが聞きました。

●本という贅沢。28 〈前編〉

多根由希絵さんが手がけたおもな本

  • (上段左から)
  • 『リッツ・カールトン一瞬で心が通う「言葉がけ」の習慣』(高野登さん/7万部)
  • 『世界のエリートが学んできた「自分で考える力」の授業』(狩野みきさん/10万部)
  • (以上日本実業出版社)
  • 『「おもしろい人」の会話の公式』(吉田照幸さん/3.6万部)
  • 『世界一仕事が速い人は、なぜメールを使わないのか』(ピョートル・フェリクス・グジバチさん/3.6万部)
  • 『本音で生きる』(堀江貴文さん/33.3万部)
  • 『大人の語彙力ノート』(齋藤 孝さん/30万部)
  • 『1分で話せ』(伊藤羊一さん/20.1万部)
  • 『10年後の仕事図鑑』堀江貴文さん、落合陽一さん/23.5万部)
  • (以上SBクリエイティブ)

上位100冊を観察して生まれた『1分で話せ』

――今日、来る前にビジネス書ランキングを見ていたら(※10月日販月間ランキング・ビジネス書)、4位に『1分で話せ』、8位に『10年後の仕事図鑑』、9位に『大人の語彙力ノート』と、多根さんのご担当本がずらりでした。改めて、凄まじい勢いですね。

多根由希絵さん(以下、多根) 惑星直列みたいな幸運ですよね(笑)。

――多根さんはビジネス書を作る時、著者さんとテーマ、どちらを先に決めるのですか?

多根 『1分で話せ』は、著者さんありきで考えました。ちょうど同時期に、全く関連のない3人の知り合いから「伊藤羊一さんという面白い方がいる」と聞き、会いに行ったのがきっかけです。
初めてお会いした時から、「この方は、何か持ってらっしゃる!」と思う魅力的な方でした。今考えるとそれは、圧倒的な熱量と志のようなものだったのかもしれません。すぐに「この人の本を作りたい」と思いました。

――内容ももちろんですが、『1分で話せ』というタイトルが、とても強烈な本ですよね。

多根 ありがとうございます。伊藤さんにとっては2冊目になる本。当時はまだ誰もが知っている著者さんではなかったので、「絶対に売りたい!」と思いましたし、そのためにもテーマ選びとタイトルはとても重要だと考えました。

『1分で話せ』

多根 ビジネス書で扱うテーマには、流行り廃りがあると思うんです。その一方で、流行りではないけれど普遍的なテーマで、久しぶりに誰かが出すときちんと動く、というような本があるように思います。

伊藤さんの話を伺って考えたのは「短く話せ」というテーマ。このテーマでは、2015年初頭に『ビジネスは30秒で話せ』(すばる舎)というヒット本があります。普遍的なニーズがあり、しかもそろそろまた流行りそうな時代の兆しを感じる。そこで伊藤さんに『1分で話せ』はどうでしょうと提案させていただきました。

伊藤さんには「僕、打ち合わせで『1分で話せ』って、一度も言ってないよね?」と笑われましたが、快諾してもらえました。

――その「流行りそうな時代の兆し」というのは、どのように感じ取るものなのでしょうか。

多根 週に1回ビジネス書と新書の売り上げベスト100をプリントアウトして、自分なりに「どうして売れているか」の仮説を立て書名の横に書き出すんです。5年前に始めたのですが、これを毎週続けていると、普遍的なニーズと新しいニーズがなんとなく見えてくるんです。
忙しいとサボっちゃうこともあるのですが、しばらく休むとすぐに市場の動向が見えなくなるので、なんとか頑張って続けたいと思っています。

もっとわかる、もっと面白い、もっと解決できる本を

多根 『1分で話せ』は著者さんからテーマを考えたのですが、『大人の語彙力ノート』は、逆。先にテーマを考えて、いろんな著者さんにご相談して、最終的に齋藤先生に書いていただくことになった本でした。

――え?そうだったんですか?齋藤先生というと、まさに『語彙力こそが教養である』(角川新書)で「語彙力本」のブームを生み出したご本人ですよね。てっきり齋藤先生ありきで企画されたのかと思っていました。

多根 実はあの本は、私のコンプレックスからスタートした企画なんです。私、編集者なのに、本当に語彙力がないんですよね。なんでも「ヤバい」とか、なんでも「頑張ります」って言ってしまう(笑)。

『大人の語彙力ノート』

だから、語彙力本ブームの時にいろんな本を読んだのですが、それらの本は語彙力の乏しい私を助けてくれるものではない気がしたんです。
私が読みたいと思ったのは「こんな場面でどう言えばいいの?」に答えてくれる本でした。なので、企画の段階から、今の『大人の語彙力ノート』のフォーマットのイメージがあったんです。

最初から齋藤先生にご相談すればよかったのですが、当初の本がKADOKAWAさんだったので、もう単行本も進められているかもと思ったのです。いろんな著者さんにご相談していたのですが、断られ続けまして、最終的に引き受けてくださったのが齋藤先生でした。

――シチュエーション別の言い換え一覧は、「実際に使える」感がダントツでした。

多根 そう言っていただけると嬉しいです。自分が本気で語彙力に悩んでいたダメダメ人間だったからこそ、作れた本かもしれません。
書籍は、テーマと文章があれば似たようなものが作れてしまいます。だから、同じテーマで作る時は、その問題を解決したい人が、どうすれば“本当に”解決できるのか。もっとわかりやすく、もっと面白く、もっと解決できる方法はないのかを、できるだけ具体的に考えるようにしています。

『大人の語彙力ノート』より

このように考えるようになったのは、私がもともと前社で「企業実務」という中小企業の経理・人事・総務担当者向けの雑誌を担当していた経験があるからかもしれません。
例えば、税制改正の記事を作っていた時に、会社の経理担当の方に「改正によって具体的に何が変わるの? 自分たちは何をどうすればいいの?」と聞かれることが多かった。

これって、書籍の編集にも通じるところがあると思うんです。
自分自身がその物事を理解している「できる人」は、やるべきことを抽象化して伝えがちです。でも、わからない人にとっては、自分の行動に具体的に落とし込んでもらって初めて、理解できるし行動できるんですよね。『大人の語彙力ノート』における私のように。
と言いつつ、あの本は、あの言い換えのフォーマットを最初に決めたので、実は編集は大変でした。「言い換える必要のない、つまらない例を載せても意味がない」と心に決めて作ったので、自分の首を絞めることになったんですけれど(笑)。

――その、徹底した読者目線が、多くの人に「本当に使える本」と言われるゆえんだったんですね。

後編では、同じ著者でもヒット本とそうじゃない本ができるのはなぜ? 『本音で生きる』『10年後の仕事図鑑』に込められた意図について伺いました。

後編<半径1メートル以内の課題を解決する本を>はこちら

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。