立山トンネルトロリーバス運転士(34)

トロリーバスの女性運転士「立山に移住し、働くきっかけは失恋でした」

立山トンネルトロリーバス運転士(34) 女性のバス運転士は珍しくないが、日本一高い場所にある立山トンネル内でトロリーバスを運転していると聞けば興味をそそられる。秋の観光シーズン本番を迎えた立山黒部アルペンルートへ出かけた。立山が好きで、富山県内へ移り住んだ浪速っ子とのこと。彼女は笑いながら「私、いろんな場所で、いろんなことしてきたから、お話しするのに時間がかかるかも……」と語り始めた。

 運転、最初は緊張しましたよ。狭いトンネルの中で、トロリーバスがすれ違うときとか……。やっと、慣れてきました。北アルプスを貫く山岳観光ルートを走る立山トンネルトロリーバスは電気で走っているので、排気ガスが出ないため、自然に優しいんです。

 運転手になる前も、ずっと自然の中で働いてきました。高校卒業後に沖縄に移住して、マリンスポーツの専門学校でダイビングのインストラクターの資格を取って無人島のツアーガイドをしていたんです。体験ダイビングやジェットスキー、ウェイクボードを教えていました。海の中にいる自分が好きだったなあ。

 ライフセービングの資格を取って、ライフガードとしても働きました。途中からは、マリンスポーツより、ライフガードの仕事がメインになりましたね。

 そのうち、スノーボードにはまっていったんです。「スロープスタイル」という競技で、試合にも出ていました。夏は海、冬はスキー場でバイトの日々。例えば23歳のときは、4、5月が北海道で、6月は沖縄、そして7~9月は、日本と季節が逆になるニュージーランドに行ってスノーボード。10、11月は沖縄、12月からは新潟……。いろんな場所に移り住んで、夏と冬のスポーツを楽しみました。

私って「人造人間」なんです

 20代前半に、ある遠距離恋愛が終わった後、ずっと「恋愛貧乏」だった私は「お金を貯めよう」と思いました。そのときは「何となく」という気持ちで立山行きを決めました。しかし、たまたま見つけた1カ月半の派遣でバイトが、失恋した私を変えてくれました。それが立山黒部アルペンルートでのいろんな出会いです。

 住み込みで働くので、従業員同士が家族みたいに仲良くなる。幅広い年齢層の、いろんな経験をした人が集まっていて、すごく刺激を受けました。登山をして、山に関することを教えてもらっていると、「自分がかわいそう」という気持ちがなくなっていった。いろんな友達との出会いが、今の自分を作ってくれている気がします。私って「人造人間」なんです。

 立山はパワースポット。人も景色も環境もいい。ここに来たタイミングがよかったんですね。「こんなに短い期間で、人って変わることができるんだ」と思いました。

「何をしたいか」より「誰と働きたいか」

 それからいったん、大阪の実家に戻って年老いた愛犬を介護しながら3カ月を過ごし、群馬や熊本で川下りなど水上スポーツが観光の目玉になっている場所で仕事をしました。そこで気づいたんです。「何をしたいか」より「誰と働きたいか」だなあ……と。私にとっては、職の内容より、人との縁が大事なんです。

 住民票は大阪に置いたまま、国内外を転々としてきましたが、30歳になって初めて住民票を富山市へ移し、アパートを借りて定住したんです。山用品を扱う店のオープニングスタッフになったのがきっかけでした。店からは美しい立山連峰が見えた。そのとき思ったんです、「見るんじゃなくて、あそこで働きたいなあ」って。

 そこで、「立山黒部貫光」という会社で立山トンネルトロリーバスの女性運転士第1号として働いていた人に会って助言をもらい、大型2種免許を取って準社員として働き始めたんです。トロリーバスを運転するには「大型2種」に加えて、国土交通省の動力車操縦者運転免許証を取らなくてはいけません。そこで 2016年12月から嘱託社員になり、研修を受けて17年に試験に合格しました。今年の4月からは33歳にして人生初の正社員です。姉からは「あんたが定職に就くなんて、奇跡だ!」と言われました。

自分の幸せぐらい、自分で決めていいはず

 姉は実家の近くに住み、ずっと病院に勤務していて、結婚して、子どももいます。親も私が「普通の人生」を歩むことを望んでいると思う。でも、結婚していないから、こんな人生を歩めるんですよ。何かあっても、親は相談する相手じゃない。お互い、完璧に理解することは難しいと思います。仲はいいんですけどね。「自分の幸せぐらい、自分で決めていいはず」って思っています。

 これからの目標は、高原バスを運転させてもらうこと。高原バスは中部山岳国立公園内の室堂駅と美女平駅を結ぶルートを走っています。トンネル内を走るトロリーバスと違って、天候の影響を受けます。運転する距離も長いのです。そんなこともあって、高原バスの運転士は男性だけ。経験を積んで挑戦したい。やっぱ、自然の中がいいんですよ。

富山市にて

北陸に拠点を置く新聞社でスポーツ、教育・研究・医療などの分野を担当し2012年に退社。現在はフリーランスの記者として雑誌・書籍などに執筆。