本という贅沢。

心も体も”自由”であればあるほど、生きづらさを感じるのはなぜだろう

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。11月のテーマは「食」。あなたの骨となり血となり肉となる1冊を、書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢。31

『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』 (渡辺一史/文春文庫)

前回ご紹介した『BUTTER』を読んだ後、バターかけご飯を食べ過ぎまして、一週間で2キロ太りました。

その体重を戻そうと思って、ジュースクレンズでプチ断食したところ、好転反応なのか、単なる風邪なのか、ひどい頭痛と嘔吐で散々な週末を過ごしたワタクシです。ある意味、強制デトックス……。

本当は、おいしいおいしい料理エッセイなぞ、ご紹介したいと思っていたのだけど、食事シーンを思い浮かべるだけで胃が痛いので断念しました。

代わりにといってはなんですが、痛みに悶絶しながら布団の中で読了した、筋ジストロフィーの患者、鹿野靖明さんと、彼を支えた数百人のボランティアのノンフィクション『こんな夜更けにバナナかよ』をお送りします。

筋ジストロフィーとは、筋肉の変性と壊死によって、筋力が著しく低下する病気。ひどくなると自発呼吸もできなるのだけれど、鹿野さんは人工呼吸器をつけたまま退院し、在宅での自立した生活を望んだ人。

寝返りできない彼のための体位交換や、痰をとる行為などは、ボランティアによって支えられていたそう。と、書くと、愛と献身の物語に聞こえるかもしれないけれど……、この本はそんなわかりやすい関係で描かれる物語ではない。

わがままな鹿野さんにぶち切れたり、「帰れ」と怒鳴られ腹を立てたりするボランティア。ボランティアに次から次へと恋をしたり、彼らが辞めるたびに精神不安定になったりする鹿野さん。

喧嘩したりムカついたりしながらも、なぜ彼らはボランティアを続けるのか。鹿野さんと過ごす時間は彼らに何を与えているのか。著者の渡辺さんは2年半の取材を通して、その問いを投げ続けます。

その答えは……。

などと、ひとことで要約できるような単純な結論ではないから、558ページもの大作になっているわけですが……。

ただひとつ言えることは、「五体満足で、やろうと思えばたいていのことはできる」時代を生きることは、結構苦しい。

私たちが抱えている“生きづらさ”は、自分の人生を、戦争のせいにも、階級制度のせいにも、障害のせいにもできない、「自己責任」の時代であることに関係あるんじゃないかと思う。

どんな人生を選んでも自分の責任。

そしてなお悪いことに、情報があふれている分、「自分が選ばなかった方の道」を歩いている人の人生も見えてしまう。自分の選択が正しかったのか、正しくなかったのか。答えなどあるはずないのに、人と比べて答え合わせしてしまう。

だからこそ、バナナ1本、自分の手では買うことも食べることもできない鹿野さんの、それでも「食べたい」という真夜中の主張にみんな圧倒されるのだと思う。制約がある体だからこそ、「自ら求めて自分の人生を決めること」の純度が増す。

その欲求の純度を目の当たりにすると、自由な体を持つ私たちのほうが、実は何かに囚われて自ら制約をかけていることに気づくのかもしれない。

自分の人生を自分でドライビングすること。鹿野さんは動かない体で、それを主張し続けた……。

「自立とは、誰の助けも必要としないということではない。どこに行きたいか。何をしたいかを自分で決めること。自分が決定権をもち、そのために助けてもらうことだ。人に何か頼むことを躊躇しないでほしい」

本文にあったこの言葉。これからもなんども思い出すだろう。

  • 実は私自身も、昨年、若くして亡くなられた方のノンフィクションを上梓しました。だからこそ、関係者の方々からの赤裸々な告白を引き出し、公開するまでにこぎつけた著者さんの、筆力とはまた違った力の凄みをひしひしと感じます。読み終わった時にはだいぶ体調も回復し、「やっぱり書いて生きていかなきゃな」という気持ちになりました。

それではまた来週水曜日に。

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ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。