『うんこドリル』に朝ごはん本。わくわくを詰め込む天才編集者・谷綾子
●本という贅沢。32 〈前編〉
谷綾子さんが手がけたおもな本
- (上段左から)
- 『こころのふしぎ なぜ?どうして?』(大野正人さん/56万部)
- 『料理のきほん練習帳』(小田真規子さん/40万部)
- 『世界一美しい食べ方のマナー』(小倉朋子さん/9万6000部)
(以上高橋書店) - 『うんこ漢字ドリル』(シリーズ344万部)
- 『失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!』(大野正人さん/5万3000部)
- 『一日がしあわせになる朝ごはん』(小田真規子さん/7万8500部)
- 『休日が楽しみになる昼ごはん』(小田真規子さん/2万部)
(以上文響社)
『うんこドリル』のヒットに、希望を感じた
――谷さんのヒット書籍は児童書から実用書まで幅広いのですが、やはりまずお伺いしたいのは『うんこドリル』シリーズについてでしょうか。会社の入り口にもうんこ先生が鎮座されていました(笑)。
谷綾子さん(以下、谷): かわいいですよね。最近「うんこ編集部」というのもできたんです。ものすごく美人の女性が「うんこ編集長」をしています(笑)。私は今は勝手を言ってうんこチームを卒業し、自分の企画に専念させてもらっている状況です。
――『うんこドリル』シリーズは、最初は書籍の企画だったと聞きました。
谷: そうなんです。もともと脚本家の古屋雄作さんが「うんこ川柳」なるものを作っていて、それに目をつけた弊社社長の山本周嗣が書籍化したいと考えたのがきっかけでした。その過程で、漢字ドリルにしたほうがもっと多くの人に届くんじゃないかと。
こういうのって、企画段階で盛り上がっている時は楽しいじゃないですか。でも実際に作るとなると、例文を見直したり、デザインを修正したりと、楽しいばかりじゃない現実的な大変さがあるわけです。
この時も、社長と古屋さんが凄まじい熱量で何度もアイデアを出しては練り直ししたんですよね。でも、あの熱量があってこそ多くの人に届いたと、今では思います。売れるかどうかは時の運もあります。でもやっぱり、「ちゃんと作る」ことが大前提なんだなと、改めて気づかされた思いでした。
――この大ヒットシリーズを手掛けられたことで、何か見える世界が変わったりしましたか?
谷: 希望をもらったように思います。やり方次第で、ここまで多くの人を熱狂させる、深く楽しませることができるというのは、夢がありますよね。
私は文響社が2社目なのですが、出版業界の常識に縛られる必要がないことにも改めて気づかされました。会議でも「それ、本じゃなくてもいいんじゃない?」なんて言葉を聞くこともあります。自分自身も、もっと自由に発想していいんだと思うようになりました。
「ジャンルNO.1」の書籍を作るために書店に4日間張り込み
――谷さんの編集者人生において、思い出深い本はどれですか?
谷: 1社目の高橋書店で担当した「なぜ?どうして?」シリーズでしょうか。1冊目の『かがくのふしぎ なぜ? どうして?』は忘れもしない2011年3月11日の出版でした。
↑シリーズ全体で200万部を突破している「なぜ?どうして?」シリーズは谷さんが立ち上げた
『こころのふしぎ なぜ? どうして?』
谷: もともと子どもの疑問に答える書籍は何十年も前からあって、他社さんの本が一番売れていたんです。そこで、その本をどんな人が買っているのか、書店に4日間張り込んで見ていたんですよね。
その時に印象的だったのが、お父さんやお母さんが熱心にその本を薦めていて、子どもは図鑑の方がいいのになあと言っている光景でした。
それを見て「子どもが夢中になって、親御さんも買ってあげたいと思える本を目指そう」と作ったのが、これだったんです。市場があってお客様もいる。そこにどんな演出を加えれば、ジャンルNO.1の本になるのかを考えました。
――ふんだんにイラストが使われていて、“お勉強させられている感”が全然しない楽しい本ですよね。
谷: 絵をたくさん入れるのは企画段階から売りにしていたのですが、最初はイラストを挿絵風に使う予定だったんですよね。
ところが、実際にレイアウトを出してもらったら、私自身が全然わくわくしなくて……。これ、本当に子どもが楽しいって感じるのかな、と。そこで、もっと大胆にイラストを使った、イラスト主体の本にしたいとお願いしました。
完成直前で、やっぱり違う!と、ちゃぶ台返し
――谷さんの本は、手の込んだ本が多いのですが、それはこのシリーズが原点なんですね。
谷: そうなんです。ただこの時は、かなり完成に近い段階で「やっぱり違う気がする」とちゃぶ台返しをしたので、スタッフさんたちには猛反発されたし、一時的には険悪にもなりました。ヒートアップして高熱も出ましたし(笑)。
でも、ありがたいことに「それで良くなるなら頑張ろう」と思ってくださるスタッフさんばかりだったので、なんとかやり直しさせていただいて……。
そんな風にして上がってきたページはめくるたびにわくわくして、「これ、絶対に子どもが喜んでくれるよね!」と、熱が上がったように嬉しくなりました。
『うんこドリル』の時もそうでしたが、作っている時の熱の上がり方って、本に滲み出るのかもしれないです。
――そんなエピソードがあったとは!高橋書店時代には、児童書だけではなく『料理のきほん練習帳』や『世界一美しい食べ方のマナー』などの実用分野の大ヒット本もありますよね。
谷: これもやはり、ジャンル1位の本を目指すという作り方をしていました。料理本も市場のある確立されたジャンルですが、中でも一番売れているのは基本書です。基本書には初心者層とおさらい層の読者がいて、そこに向けて作るのが一番パイが大きい。そこで、料理の基本書を片っ端から研究しました。
谷: この2冊に限らず、私は自分自身が読者になる本を作ることが多いんです。
生きていると、「これをなんとかしたい」と思うことに日々出会いますよね。この時も、私自身、料理を作れなくはないけれど、どうも美味しくない。これをそろそろなんとかしたいと感じていたんです。
そこで、いろんな料理の先生に「料理が上手くならないのはどうしてですか?」と聞いてまわったところ、一番クリアに答えてくださったのが、小田先生でした。
小田先生は、「初心者はレシピ通りに作らず、自己流のアレンジにしてしまう。基礎がないままに自己流アレンジすると、階段が積み上がらない」と教えくれました。そこで、徹底してレシピ通りに作りましょうという本を作ったんです。これが、意外とありそうでなかったと、多くの人に使ってもらえるようになりました。
↑初心者層とおさらい層に響いたこちらは、現在40万部。
『料理のきほん練習帳』
――その小田先生と再びタッグを組んだ『一日がしあわせになる朝ごはん』シリーズは、私が仕事上、最も影響を受けた1冊です。次回はそのお話を聞かせてください。
【後編はこちら】「楽しければ楽になる。心と現実をつなぐ本を作りたい」編集者・谷綾子
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