本という贅沢140『モラニゲ』

さとゆみ#140 ひょっとして私の彼もモラ? 『モラニゲ』が教えてくれる自分の救い方

隔週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。今回は“自分とは縁遠い”と思いがちだけど実は――というモラハラ(精神的暴力)を扱った作品を書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢140 『モラニゲ モラハラ夫から逃げた妻たち』(榎本まみ/飛鳥新社)

知り合いに、大豆田とわ子も道をゆずるバツ4の弁護士先生がいる。先生とは、2016年に『こじらせない離婚』という本で、お仕事をご一緒させていただいた。
とても魅力的な女性で、同い年だったこともあり意気投合して、その後もときどきおしゃべりしたり、飲んだり、相談にのってもらったりしている。

本を作っているときは、先生、バツ3だった。
最近お会いしたら、バツ4になっていて、彼女の弁護士事務所のホームページに並んでいる4回の結婚離婚経歴年表と「円満離婚をサポートします」の文言を見ると、いつも時空が歪んだ気持ちになる。

そんな先生と久しぶりに書籍をご一緒したいと思い、企画を練ろうという名目で事務所に遊びにいった。2年くらい前だったろうか。
「最近、どんな離婚が流行っているんですかー?」
と尋ねた私に、
「ゆみさん、もうね、いまは完全にモラハラ離婚ですよ」
とおっしゃる。前に本を作ったときに比べると、モラハラ理由での離婚希望が、5〜6倍に増えているのだとか。

「どうしてそんなに急増しているんですか?」
と聞くと
「『モラハラ』って言葉が認知されたからでしょうね。これまで何か変だ……と思っていたけれど、これが『モラハラ』なんだと知った人たちが、続々と離婚を決意している感じです」
とのこと。

早速、私はモラハラについてヒアリングを始めた。
するとびっくり! 
こういうのって聞かなきゃわからないものだと思ったけれど、
かなり近い友人が3人、モラハラで離婚裁判をしている最中だということを知ったし、
昔、仲の良かった男友達が2人、モラハラで離婚調停をおこされていた。

10年の付き合いになる仕事仲間から、「うちの夫は稼いでいる額が多い方にしか発言の権利はないと言うんです」という仰天の告白を聞いたし、ここに書ききれないほどの、さまざまなモラハラの悩みを聞いた。
もちろんモラハラは夫だけの話ではない。妻のモラハラに追いつめられた男性の話も聞いた。

取材すればするほど
「これは絶対、書籍にしたほうがいい!」と感じた。
で、いくつかの出版社に企画を持ち込んだのだけど、予想に反してなかなかGOサインが出ない。

なんでだろうと最初は不思議だったのだけれど、でも、その企画が通らない理由が超納得だったんですよね。

というのも、どの出版社も
「あ、うちも今、モラハラ本の企画を進めているんですよ」
という回答だったんですよ。それくらい、社会問題になっているということだろう。完全に、出遅れた……。

で、そんな出遅れた私が、くうううううっ! この本、素晴らしい。羨ましい。悔しい。これが読みたかった!(作りたかった!)と思ったコミックエッセイがこちらになります。
榎本まみさんの、モラハラ夫から逃げた妻たち。略して『モラニゲ』。

普段、書籍のメモは彩(いろどり)程度に書いているのだけれど(すみません)、今回ばかりは、メモも読んでほしい。
この本は、榎本さんが実際にモラハラを体験した人たちに取材してまとめた一冊なのだけど、メモに書いたのは、その人たちが実際に配偶者から投げつけられた言葉の数々なのです。

これね、思い当たる人、絶対いると思うんだ。

でね、これは私も少しだけ取材したからわかるんだけど、最初は誰しも、こういうモラハラ発言に「?」って思うセンサーが働くの。
でも、毎日毎日叱られて罵られて、あるいは無視されて
「俺が怒っているのはお前のせいだ」
とくり返し言われ続けると、どんどん「?」を感じるセンサーが折れていって、「私が悪いのかも……」ってなるんですよ。
これが怖い。

さらに怖いのが、モラハラしている方は、それが「親切」だって思っていることなんんですよね。そういえば、前述した奥さんが家を出ていった男友達の口癖も「できない嫁を、僕がしつけしてあげている」だった。
彼、「朝まで叱ってやるなんて、ほんと愛がないとできないよ」って言うのね。彼は彼で、これが本気で夫婦の愛情だと思っていたんです。

それを聞いたときはホラーのような話だと思ったけれど、この本では、そんなホラーのような現実が、体験者のみなさんのリアリティあふれる言葉で語られている。

こういう生々しい話が聞けているのも、聞き手である榎本さんのお人柄のなせるところだと思う。
そしてそれを扇情的に描くのではなく、怒りをたたえながらも誠実に冷静に誤解なきように丁寧に届けようとしているところが、書き手としても大尊敬するところです。(じつは榎本さんのデビュー作『督促OL修行日記』の頃からのファンです)

この本の中で私が一番好きなのは、モラハラ夫から逃げたり離婚を選んだりするのは
「逃げるのではなく、立ち去るのである」
という言葉。

そして、リアルだなあと思ったのは、2つ。
①逃げるにしても、先立つものはやはりお金であることと
②年齢があがるほどモラニゲしにくい現実があるということ。

モラハラにあっても、子どもが成人するまではと我慢する人が多いけれど、実は子どもを扶養している時のほうが社会的な手当などは多いそうだ。

とくに、この2つめのリアルに触れたとき、この本をtelling,で紹介したいなと強く思いました。

結婚する前にパートナーにちょっとした違和感を持った人や、結婚してからなぜか体調を崩している人。それから、友人にそういう人がいるという方にも、読んでもらえたらなーって思います。

それではまた、水曜日に。

 

●佐藤友美さんの新刊『女は、髪と、生きていく』が発売中です!

佐藤友美さんのコラム「本という贅沢」のバックナンバーはこちらです。


・捨てるか、残すか、その夫。1ミリでも離婚が頭をよぎったらこの本(原口未緒/ダイヤモンド社/『こじらせない離婚』)
・病むことと病まないことの差。ほんの1ミリくらいだったりする(村上春樹/講談社/『ノルウェイの森』)
・デブには幸せデブと不幸デブがある。不幸なデブはここに全員集合整列敬礼!(テキーラ村上/KADOKAWA/『痩せない豚は幻想を捨てろ』)

・人と比べないから楽になれる。自己肯定感クライシスに「髪型」でひとつの解を(佐藤友美/幻冬舎/『女は、髪と、生きていく』)

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。

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