本という贅沢100『Day to Day』(TREE・講談社)

コロナ時代に生きる作家たちが紡ぐリレー連載。物語はどこに向かうのか

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。今月のテーマは「出口」。 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言。期限は5月6日まででしたが、31日まで延長されました。終息の行方は依然、見通せませんが「出口戦略」を模索する動きも。そんな時期に始まった新たな試みがあります。 書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが読み解きます。

●本という贅沢100『Day to Day』(TREE・講談社)

TREEのサイト(講談社)より

自粛生活が始まった時、なんとなく私は、この時間をある種のロングバケーションみたいに考えていた気がする。
取材や講演がことごとく吹っ飛んだぶん収入は減ったけれど、移動や外遊びがなくなったことで生まれた時間は、当初、新鮮なものだった。

人生ゲームにおける「1回休み」のような感じ。
1カ月後か2カ月後かわからないけれど、どうせまたゲームは再開する。慌ただしい毎日に戻る前に、これまで取り組めていなかったことを片付けておこう。いつか読もうと思っていた本や映画を、この機会に読みたいな。観たいな。そんなふうに。

でも、最近ひたひたと感じるのは、これは実はバケーションなんかじゃなく、今のこの状態が、そのままデフォルトになっていくんじゃないかという予感だ。
この予感が今、ちょっと、怖い。

『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』で、2つの世界の境目が溶け合ったときのように。

『クラインの壺』で、次元が歪み、無限ループの世界に迷い込んだ時のように。

『息吹』で、文字を知ることと記憶を全記録することで導かれる世界が、相似形だったように。

最初はこの生活の先に、いつか「出口」が見えてきて、元の世界に戻れるような気がしていたけれど、実はそうではなく。
このロングバケーションのほうが、現実そのものに、そして未来そのものに、なりつつある。そんな感覚だ。

それがなぜ怖いかというと、「私たちは、このコロナ時代に手放したものの多くを、もう二度と拾い直さないんじゃないか」と思うからだ。
私たちがいろんなものを捨てたり手放したように、私たち自身も、誰かに捨てたり手放されたりしたのではないか。

他ならぬ自分自身が、あまりにも不要不急の存在であったことを、この数カ月で私たちははっきりと知ってしまった。不要不急同士の付き合いは、仕事は、人生は、これからどう変わっていくのだろうか。

ひょっとしたらそれは、ものすごく「人間らしい」時間の訪れになるのかもしれない。
「遊びをせんとや、生まれけむ」といった時代がくるのかもしれない(多分、くる)。
逆に、ものすごく「動物的な」生き方に立ち戻るのかもしれない。生存と欲求を素直に表現する時代になるのかもしれない(これも、ありそうだ)。

どんな時代になるのだろう。それを知りたくて、ここしばらく、時間ができるたびに本を読んでいた。
最初はひたすら詩を読みあさった。次に歴史本と古典小説を立て続けに読み、そのあとSFに手を出した。最後には、こんな時代にAmazonのランキングの上位に並んでいる本を片っ端から取り寄せた。

それだけやって、ひしひしと思ったのは、「いま、この瞬間を生きている同時代の作家さんが、いま書いている物語を、いまこの瞬間に読みたい」ということだった。

森博嗣さんは、いま、何を考えているだろう。
恩田陸さんは? 浅田次郎さんは? 重松清さんは? 湊かなえさんは?
彼らは、この時代をどう捉えて、どんな物語を紡ごうとしているのだろう。そこにこれからの時間を生きるヒントがあるんじゃないか。

そんなことを考えていたときに、発表された企画がこれだった。文芸サイト「Day to Day」に掲載される、当代を代表する作家さんたちによるリレー連載。

待っていました、こういうの。

このリレー連載は、「2020年4月1日」以降の日本を舞台として、
4月1日の物語が、5月1日に
4月2日の物語が、5月2日に……と、アップされていく。

編集部からのメッセージには、「書店や図書館の多くが臨時休業し、私たちが物語と出会える場は激減しています。数年たってもこの時のことを忘れずに前に進める企画はないかと考えた」と書かれていた。

この原稿を書いている時点では、まだ5日分しかアップされていない。まだ書き終わっていない文章について、感想を書くのは初めてだけれど、いまのところ毎日、想うところがあるし、考えさせられることがある。

辻村深月さんの4月1日は、子どもの目線でコロナ時代がはじまり
西尾維新さんの4月2日は、小説の中にコロナが飛び火する
大崎梢さんの4月3日は、亡き家族を思い出す日で
吉川トリコさんの4月4日は、よく知る街の知らない顔を描き
有川ひろさんの4月5日は、変わるもの変わらないものを浮き彫りにする。

読むとかならず
「自分だったら、いま、何を書くだろう」
と、考える。
これは、私が文章を書く人間だからではないだろう。多分、読む人みんなが、この1カ月を振り返ることになると思う。
いま、4月1日のことを書くとしたら、いま、4月2日のことを書くとしたら。
それを考えることは、自分の現在地を知ることにもなる。そして、この先に続く道を考えることになる。

同時代を生きる物語の力が、いまの私たちをどこに連れて行ってくれるのか。
物語は、私たちが向き合う現実に、どんな作用をおよぼしてくれるのか。
これからも、毎日読みたいと思っている。

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(以下、ネタバレありです)


ところで、この連載をリアルタイムで読み進めている時に、今書いたような感想がすべてぶっ飛んでしまうくらい、悲しかったことがある。5月3日(物語の中では4月3日)の連載分だ。
作家の大崎梢さんが、よさこい祭りに思いを馳せているのだけれど、その素晴らしい文章をぶった切る(注・四月二十七日に中止が決定)の注意書き。これは、連載全ての世界観が崩壊するくらいの破壊力があった。

物語の力を信じている人たちであっても、現実世界の注意書きを入れなくてはいけないという、この事実。

はからずも、「物語の力」が「現実」に負ける瞬間を見た気がした。

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連載が100回になりました。読んでくださり、感想をくださるみなさま、ありがとうございます。
それではまた来週水曜日に。

●佐藤友美さんの新刊『女は、髪と、生きていく』が発売中です!

佐藤友美さんのコラム「本という贅沢」のバックナンバーはこちらです。

・恋愛で自分を見失うタイプの皆さん。救世の書がココにありましたよ!(アミール・レイバン、レイチェル・ヘラー/プレジデント社/『異性の心を上手に透視する方法』)
・デブには幸せデブと不幸デブがある。不幸なデブはここに全員集合整列敬礼!(テキーラ村上/KADOKAWA/『痩せない豚は幻想を捨てろ』)
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年間10冊以上を担当する書籍のライターとして活動。ビジネス書から実用書まで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『道を継ぐ』など。