本という贅沢97『ペスト』(カミュ著、宮崎嶺雄訳/新潮文庫)

私たちの生活はもう元に戻らない? 予言の書「ペスト」が教えてくれること

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。今月のテーマは「転換」。感染拡大する新型コロナウイルスの終息が見通せず、不安や当惑が広がる今だからこそ、読みたい一冊を今回は取り上げます。書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢97『ペスト』(カミュ著、宮崎嶺雄訳/新潮文庫)

『ペスト』(カミュ著、 宮崎嶺雄訳/新潮文庫)

ここ数日のオンラインミーティングのすべてで、「ペスト、もう読みました?」と聞かれた。出版業界は今、この本の話題で持ちきりだ。
この本が執筆されたのは第二次世界大戦中から戦後にかけて。にもかかわらず、今のコロナ時代を予言したかのような本書。この4月、日本においてもミリオンセラーになったという。

初期の動揺と楽観、隔絶される街(本の中ではそれは「追放」と呼ばれる)、崩壊する医療現場、濃厚接触者の隔離、弔いもできず不足する死体安置所、終わりの見えない戦い、そして突然訪れる終息…。

最後の「終息」以外は、まるで現代のリアルタイムドキュメントのようで、途中何度もこれが物語であることを忘れてしまう。
私はカタカナの識字に難を抱えており、海外文学は苦手なのだけれど、この本は読むそばから次々と解像度の高い映像が立ち上がってきて、映画を観るように読み終わった。それは今まさに、私たちが体験しているリアルだからか、それともカミュの文章が強い身体性を伴っているからなのか。

最近ではこの本の読書会もさかんに行われているし、テレビで特番も組まれたようなので、内容についてはこれ以上触れない。けれど、読んであらためて腹落ちしたのは

ああ、もう二度と、元には戻らないんだな

ということだ。

新型コロナウィルスによって日常生活が少しずつ制限されはじめたころ。私たちは「コロナが落ち着いたら、また」とか「平常運転に戻ったら、ぜひ」を合言葉のように使っていた。
だけど、先行した海外の様子を見るに、そしてなにより、自分の心に起こった変化を見るに、「もう二度とコロナ前の世界に“戻る”ことはない」ことに、私たちは気づきはじめている。

それは、ビジネスの多くにゲームチェンジが求められているとか、景気が戻るのにどれだけかかるとか、そういうことだけを指しているわけではない。

私たちの「心持ち」が、もう二度と、コロナの前には戻らない。
私たちの「世界との関わり方」が、もう二度と、コロナの前には戻らない。
時計の針が逆走しないのと同じように、アフターコロナの世界に待っているのは、きっとこの期間に細胞がターンオーバーした者同士のコミュニケーションだ。
自分と他人との間に置かれる「ものさし」を、この期間にきっとみんな新調しているのだろう。物理的なソーシャルディスタンスの話だけではない。人との精神的な距離感も変わるだろう。
「ペスト」の登場人物たちが、隔離された塀から開放されたあと、もう、昔の自分には戻れなかったように。

「知る」ことや「経験する」ことは、いつも不可逆だ。知らなかった時代の自分には、二度と戻れない。
だから、コロナを知って、コロナを経験した私たちは、その「あとの世界」で生きることになる。

その心の準備を、整えておきなさい。
いや、それよりなにより、今、渦中にいる自分たちの心がどう動き、どう変化してきているかを、ちゃんと見つめておきなさい。
この本に、そう言われているような気がした。

最近、「想像力」という言葉について、毎日毎日、考える。
朝起きたらまず、頭の中に「想像力」という言葉を大きく思い描いて、お習字をするようにその文字をなぞる。 

必要以上に過敏になりそうで、それでいて人には不寛容になりそうで、自分の立場から見える正義的なものを振りかざしそうになる。
そんな自分の心を守りながら生きていくのに一番大事なのが、「想像力」だと思うからだ。 

小説は、自分ではない誰かについて、想像する手段を与えてくれる。
とくに「ペスト」は、今、あらゆる立場にいる人の心の中に、仮に生きてみる(そして死んでみる)ことを許してくれる。

小説の世界から戻ってくると、
過敏は落ち着き、不寛容から少し遠ざかることができ、正義なんてものは人それぞれのポジショントークであることを自覚できる。

「ペスト」を読んで、不安な気持ちになるという人もいるかもしれない。
でも私にとって「ペスト」は、むしろ、文学で救われる魂があることを、信じさせてくれる書だったな。 

100人中100人が言っている言葉だと思うのだけれど、私もやはり「今、読む書」だと思う。 

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私が文章を書く人間だからか、一番心打たれたのは、極限下において小説の書き出しを何度も推敲する老人の姿だ。

登場人物の全ての行動の中で、一見もっとも“不要不急”度が高い行為に見えるこの「言葉を選ぶ」という行為は、とくに非常時においては「生き方を選ぶ」ことと同義でもあると、私は感じる。

生死をさまよった老人が奇跡的に生還したのち、「形容詞はすべて削った」というシーンが刺さった。

多分、これから数ヶ月の間のどこかで、私たちは、形容詞を削るような瞬間を、経験することになるんだろうな、と思う。

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それではまた来週水曜日に。

佐藤友美さんのコラム「本という贅沢」のバックナンバーはこちらです。

・デブには幸せデブと不幸デブがある。不幸なデブはここに全員集合整列敬礼!(テキーラ村上/KADOKAWA/『痩せない豚は幻想を捨てろ』)
恋愛で自分を見失うタイプの皆さん。救世の書がココにありましたよ!アミール・レイバン、レイチェル・ヘラー/プレジデント社/『異性の心を上手に透視する方法』

・人と比べないから楽になれる。自己肯定感クライシスに「髪型」でひとつの解を(佐藤友美/幻冬舎/『女は、髪と、生きていく』)

年間10冊以上を担当する書籍のライターとして活動。ビジネス書から実用書まで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『道を継ぐ』など。