グラデセダイ

【グラデセダイ12 / でこ彦】グラデーションな関係 #3「恋愛と友情」の関係

「こうあるべき」という押しつけを軽やかにはねのけて、性別も選択肢も自由に選ぼうとしている「グラデ世代」。今回は会社員のでこ彦さんのエッセイ。「男女の友情は成立しない」というけれど、男性のことが好きなでこ彦さんには女性の友人はたくさんいて……。 恋愛と友情の関係について。

●グラデセダイ12

小学六年生のとき、「友だち以上、恋人未満」という言葉が流行った。同級生の山本さんが、毎日いっしょに下校する大地くんとの仲を問われてそう答えたのがきっかけだった。
彼女が給食のあとにミント菓子をこっそり噛むのを真似したように、そのフレーズもまた僕たちの憧れとなった。口にするとすぅすぅと胸が波立つ大人っぽい表現。そしてここにいる「友だち」の誰かが「恋人」にいつか繰り上がるだろうという夢想。

しかし中学に上がると「男女の友情はありえない」と耳にするようになった。わけが分からなかった。山本さんもそうだったが、僕の友だちは女子ばかりだった。男女の友情は現にありえているのに「ありえない」とは、それいかに。

その十数年後に、とある男友だちから「君はゲイなんだから〈男女の友情〉を〈男男〉と読み替えないといけないよ」と教わった。確かに男友だちは少ない。そしてそれは僕たちに友情はありえないよと遠回しに拒絶されたようなものだったが、実際その人とは友だちにも恋人にもなれずに疎遠になった。しかしそれは<男男>だからというよりもむしろ僕の性格の悪さが原因だったろう。結論:友だちは性別にかかわらず作るのが難しい。

友情と恋愛感情の違いとは何なのだろうか。恋人はいたことがないが何人か友だちはいたことがある。頭の中にしまってあるあまり多くはない記憶を取り出してみるのだが、その違いがよく分からない。

中学三年の修学旅行では、岩間くん始め4人の男友だちと班を組んだ。本当は僕は当時好きだった板谷くんと組みたかったが彼の班からはあぶれてしまった。次に仲の良い女子のもとへ行ったが、先生に男子同士で組めと注意された。その後にたどり着いた先が岩間くんたちだった。

行き先は近畿地方で、うち1日は京都で自由時間が設けられており、その過ごし方を班で決める必要があった。5人分の机を寄せ合った上に地図や先生に提出する計画表を広げると、岩間くんは旅慣れているのか、三十三間堂や銀閣寺への交通手段、買うべきお土産や食べるべき甘味をサラサラとまとめあげていった。旅行情報誌やネットを使って事前に調べていてくれたらしい。僕はその綿密なプランを聞いて、罰当たりなことに「つまらなさそう」と思ってしまった。
板谷くんたちはステューシーなど洋服屋を巡ると言っていた。浜田さんたち女子のグループの机を見ると大きいソニプラに行く計画を立てていた。僕もそちらが良かった。ソニプラでコーラの香りがする歯磨き粉を買いたい。自分の机に目を戻すと、みんなは「昼に日清そばを食おう」と盛り上がっていた。「日清?どん兵衛?なぜわざわざ京都で?」と不思議だったが、話を聞いていないのがバレるので「うん」と頷いておいた。

その謎が解けたのは、いざ京都について昼を迎えたときだった。
ここだよと言って岩間くんが指し示したお店ののれんには「日清そば」ではなく「にしんそば」と書かれてあった。中に入ると砂糖と出汁による甘い香りの熱気が鼻先を濡らした。
「見て、にしんがめちゃくちゃでかい」
だいたいいつも無表情で、ラーメンズの戯曲集を読んでいた岩間くんだったので、メニューを楽しそうに眺めている姿が意外なほど幼く見えた。
思えばちゃんとした飲食店に子どもだけで入るのはこれが初めてだった。卓に運ばれた5杯のにしんそばを目にすると僕は「食べきれないかも」と怖気付いた。
「残したら食べてあげるよ」
そう言って、赤い器に手を添えてそばをすする岩間くんが今度はすごく大人びて見えた。

板谷くんであれば、僕はここでデロデロに恋に落ちただろう。しかしこのときの僕は「ひゅう」と思っただけだった。この甘くて温かい感情はどれだけほじくり返しても、あげ底をしても「恋」ではなかった。

あるものを「知っている」状態とは、あるものとそうでないものを区別できることだという。大学時代の哲学の講義でそう教わった。たとえばイヌを知っている状態とは、ビーグル、コーギー、マンチカンならびにメインクーンを「イヌ」「それ以外」に分類できる人のことである。
僕は数年前まで、キツネやウマも「イヌ」だと思っていたのでイヌを知らない人だった。

友情と恋愛感情はどう違うのか(あるいは違わないのか)も全く分からない。僕は何も知らないなあとしみじみしながら、今年も年越しにはにしんの甘露煮を乗せたそばを食べる。

タイトルイラスト:オザキエミ

1987年生まれ。会社員。好きな食べ物はいちじくと麻婆豆腐。
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