グラデセダイ

【グラデセダイ08 / でこ彦】グラデーションな関係#2「定義の広すぎる関係 」

「こうあるべき」という押しつけを軽やかにはねのけて、性別も選択肢も自由に選ぼうとしている「グラデ世代」。今回は、サラリーマンのでこ彦さん。繊細な描写とちょっぴり笑える日常を綴った日記やエッセイがSNS上で話題を呼んでいます。出会ってきたさまざまな人との「グラデーションな関係」を、でこ彦さんらしい言葉でお届けします。2回目は高校時代に出会った草野くんとのお話です。

●グラデセダイ08

草野くんと初めて会話を交わしたのは高校2年の春である。
健康診断の最中だった。保健室で身長、体重、心電図を測り終わった男子は順に次の会場である視聴覚室へ向かっていた。黄砂でくすんだ空からトンビの鳴き声が降り注ぐ、いかにも眠たくなる春の午後、背後から楽しげな声が聞こえた。

「父さんが言っとったんだけど、高校のときの友だちは一生の友だちらしいよ」
草野くんが前年度から同じクラスだった加賀くんと喋っている声だった。
「つまり、高校のとき友だちにならんかったら、一生友だちにはなれんということ」
それは詭弁では、と思って振り向くと草野くんと目が合った。イタズラっぽい笑みを浮かべていた。その瞬間に僕は察した。草野くんは僕に話しかけていたのだ、と。

自意識過剰な勘違いだろうか。不思議とそういった逡巡は一切なく、声をかけることができた。
「じゃあ友だちになろうよ」
「いやだ」
即座に断られた。そして僕たちは親しくなった。

お昼ごはんは毎日草野くんの机に集まって、加賀くんと3人で食べた。
細長い指で正しく持つ箸は、草野くんが中学生のときから使っているという「みんなのたあ坊」の絵柄だった。
草野くんのお弁当には、毎日フルーツがついてきた。リンゴやナシやキウイなどラップで頑丈に包まれた季節の果物からは、彼が大切に育てられた子どもであることがうかがいしれた。

ある日のデザートは、庭でとれたミカンだった。「少しちょうだい」と手を差し出すと、草野くんは皮の上によけていたミカンの白い筋をごっそり載せてきた。
「なにこれ!」
慌てて捨てようとすると、
「ばかお前、そこに栄養があるんだぞ」と教えてくれたので食べた。加賀くんは半房ちゃんともらっていたが、全く羨ましくなかった。
僕を扱うのが誰よりも上手だった草野くんとは、しかし「友だち」にはなれなかった。

草野くんと加賀くんのふたりはれっきとした「友だち同士」という感じがした。
趣味が合うらしく、僕の知らない間に本やCDの貸し借りをしており、僕の知らない間に進路や将来の夢の話までしているようだった。
そしてそれらはそのまま僕の考える友だちに必要な材料だった。

友だちとはそういった私的な部分を共有できる関係をいうのではないか。だから連絡先さえ交換してもらえない草野くんとはクラスメイトどまりで、昼ごはんを囲んだ机の下で、何度足がぶつかっても疎外感が拭えなかった。

高校2年の3月、ホームルームの時間に調理室を使って自由にお菓子を作ることになった。僕は草野くんたちとチームを組み、桜餅を提案した。
「何それ知らんし」
はじめは不服そうだったが、周りがマフィンやパンケーキなどハイカラな洋菓子を作ると知ると、和菓子という選択は草野くんの気に入ったようだった。

桜餅には2種類ある。一般的に西日本はおはぎ風の道明寺、東日本はクレープ風の長命寺が主流だと言われている。
近所のお店では道明寺しか売られていなかったが、母の出身地は長命寺だった。なので僕の桜餅といえば、春の午後に布団にくるまれて眠る姿に似た後者だった。
作り方は簡単だ。白玉粉を水で溶いて食紅を垂らし、薄く焼き、丸めたこしあんを包んで桜の葉を乗せる。
途中、草野くんが計量せず大雑把に食紅を入れたので、完成した桜餅は真っピンク色をしていた。
道明寺タイプしか知らないクラスメイトは、その鮮やかな色も相まって「これは桜餅か?」と怪訝そうに覗き込んできたものの、草野くんは珍しいことに「うまいな」と優しく笑いかけてくれた。

クラス替えのないまま3年に進学し、僕は草野くんに恋をしてしまう。そして夏休み、「オカマ死ね」とこっぴどく嫌われる。その後、数回ほど言葉を交わすことができたが、どこの大学のどの学部を受験したのか、そして合格したのか分からないまま卒業した。式のあとひとりで下校しながら、「高校のとき友だちにならんかったら、一生友だちにはなれんのよ」と話す草野くんの笑顔を思い出した。振り向いても誰もいない。

大学1年の夏休み、高校時代の同級生からmixi招待のメールが届いた。ユーザー登録を行い、なんとなく画面を眺めていると、友だちの友だち欄に「みんなのたあ坊」がいた。ヒッと息を飲んだ。草野くんだった。
プロフィール画面をクリックして再びヒッと息を飲んだ。
自己紹介欄にはひとこと「好きな食べ物:桜餅」と書かれてあったのだ。

この桜餅は道明寺ではなく、長命寺だ。しかも真っ赤の長命寺だ、と確信した。
これも自意識過剰な勘違いだろうか。
18歳の僕はどうすべきか分からず、友だち申請もせず、「あしあと」を消せないと知るとそのままアカウントごと削除した。

「友だち」という字を思い出すとき、結局最後まで友だちになれなかった草野くんが真っ先に頭に浮かぶ。

僕は彼にとってのなんだったのだろうか。
高2から倍近い年齢になった今なら、何の迷いもなく友だちだったと断定できる。
告白などの手順を踏む「恋人」ではないのだから、どこかへ一緒に遊びに行ったことがなくても、連絡先を知らなくても、食紅を大胆に注ぎ入れて笑い転げていた瞬間を共有できていればよいのではないか。僕はそういった基準や回数に囚われすぎている。小さじや計量器なんて必要ないのだ。
僕の辞書の「友だち」の箇所には、真っ赤な桜餅の絵を描き足そうと思う。

タイトルイラスト:オザキエミ

1987年生まれ。会社員。好きな食べ物はいちじくと麻婆豆腐。
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