本という贅沢。24(前編)

重版率8割超。編集者・乙丸益伸「エセ科学的な本は出したくない」

コラム「本という贅沢」特別版。出版社に所属せず、作りたい書籍のジャンルに合った出版社に企画を持ち込む方法で、独立後の重版率は脅威の8割超え。 ヒットメーカー・編集集団WawW! Publishing代表の乙丸益伸さんに、書籍作りの哲学を伺いました。

●本という贅沢。24(前編)

  • 乙丸益伸さんが手がけたおもな本
  • 上段左から
  • 『世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ! 日頃の疑問からデフレまで(飯田泰之さん/5刷)
  • 『勝ち続ける意志力』(梅原大吾さん/6万部)
  • 『円高の正体』(安達誠司さん/4万部)
  • 『世界が日本経済をうらやむ日』(浜田宏一さん、安達誠司さん/6万部)
  • 『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか』(中島聡さん/10万部、第3回ブクログ・ビジネス書大賞受賞)
  • 『世界一美味しい煮卵の作り方』(はらぺこグリズリーさん/29万部、第4回料理・レシピ本大賞受賞)
  • 『日本国憲法を口語訳してみたら』(塚田薫さん、長峯信彦さん/8万部)
  • 『起業3年目までの教科書』(大竹慎太郎さん/2018年6月発売)

ビジネス書を作るようになって「エセ科学的な本」が多いことに驚いた

――乙丸さんは、手がけていらっしゃる本のジャンルが様々ですよね。なぜ、どれもこれもヒットしているんでしょう。

乙丸さん(以下乙丸) 「どれもこれもヒットしている」かは怪しいですが(笑)。ただ、本作りに関してひとつ僕が自信を持って言えることは、「本気度」だろうと思っています。
僕の担当本は、レビュー数が他の本に比べて多く、高い評価をもらえる傾向があります。これは「本気で作っている」ことが、読者に伝わっているからじゃないかと。ありがたいことに、プロゲーマーの梅原大吾さんの『勝ち続ける意志力』は発行部数6万部に対して、アマゾンにレビューを270件も寄せていただきました。これは同じ部数の書籍の3〜4倍ほどのレビュー件数になります。

――「本気で作っている」というのは……

乙丸 僕は昔から不器用で、要領もよくない。先日「なんで僕はこんなに生きづらいんだろう?」と思って心療内科に行ったら、見事に発達障害(ADHD)の診断が下りまして(笑)。
受験攻略本やビジネス書の存在を知ったのも社会人になってからでした。「えー、そういうものがあるんだったら誰か教えといてよー!」という感じで。
それで、ビジネス書に書かれた通りに行動したら、仕事が急にうまく回るようになったんですよね。だから、本には読む人の人生がかかっていると本気で思っています。売れそうな企画なら何でもいいではなく、自分が実際に試してよかったと思えることだけ、本にしようと。

――いま静かに感動しています。世の中に出る本のすべてが、そういう思いで作られるといいな、と。

乙丸 経済学部出身ということもあるかもしれません。僕の大学時代はバブル崩壊後の底。親戚のおじさんが失業したり、友人のお父さんがリストラのショックから失踪したりするのを目の当たりにしてきました。
そんな世の中と僕が社会人としてどう向き合っていけるかを考えた時に、経済学者になるべきか、編集者になるべきかと悩んで、編集者を選んだのが自分の原点なんです。

編集者になってすぐに企画したのも、経済本でした。僕が担当した経済書の著者さんたちは、すごく真面目な人たちばかりなんです。論文を書くにも、データを丹念に検証し、理論的検証を丁寧にします。先日、起業家のけんすうさんに、そういう態度を「巨人の肩に乗る」という言い方をすると教えていただきました。先人の議論を踏まえた上で理論を積み上げ、科学的に検証するということです。
だからその後、経済書だけではなくビジネス書を手がける編集者になったとき、検証されていないエセ科学的なビジネス書が多いことに驚きました。そして少なくても自分は、自分がある程度の時間をかけて実践し、効果を感じた時だけ、本にしようと思ったんです。

自分の切実な悩みを解決してくれる著者を探す

――具体的にはどんなふうに企画を立てているんですか。

乙丸 企画は自分の悩みから考えることが多いです。何か自分が困ったことにぶつかるたびに、メモをとっておき、それを解決してくれる著者さんを探します。

例えば、『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか』は、僕自身、仕事に追われて悩んでいた時に、中島さんがネットで書いた時間術に関する記事を見つけたのがきっかけです。そこに書かれていた方法を1カ月実践したら、みるみる仕事が片付くようになったので、「これを本にしたい!」と、オファーしました。

『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか スピードは最強の武器である』著:中島聡 発行:文響社

『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか スピードは最強の武器である』

今、幻冬舎の編集者・箕輪厚介さんの2冊目の著作になる『気にしない力』を手がけているのですが、これもやはり、自分の悩みからスタートしています。
僕自身が人の目や言動をすごく気にする人間なので、気にしない力を身につけたいと思っていたんです。この悩みに解をくれる著者さんをずっと探していたのですが、ある少人数の飲みの場に現れた箕輪さんのふるまいをみて、この人だ! と。
彼はその場の最年少にもかかわらず、開始30分は何も話さず、話し始めたかと思ったら勢いよく自論を展開して、「じゃ!」と言って先に帰りました。
それだけだと非常識な人だと思われるかもしれませんが、その姿が本当に清々しくて、その場にいた誰もが嫌な気持ちひとつしなかったんです。「ヤバい! ここに本物の『気にしない力』を持ってる人がいた!」と感動して、すぐに執筆依頼に動きました。取材をすればするほど、箕輪さんが持つ「気にしない力」は、現代の人間関係に悩む人たちを救うと確信を持っています。

他にも、あるお医者さんが「湯シャンがいい」(シャンプーもリンスもボディーソープも使わずお湯だけで髪や体を洗うこと)という主張をされていて、本当かなと思って、3カ月間自分で人体実験したこともあります。3カ月後、「これは本当にいい!」と思ったので、執筆を依頼しました。その本は残念ながら立ち消えになってしまったのですが……。その後、もう3年以上湯シャンを続けています。

――お話を伺っていると、「誠実に本を作る」というときの「誠実」の度合いが乙丸さんは桁違いですね。

乙丸 特に健康本と呼ばれるジャンルの本は、人の命がかかっています。
僕は健康本を作ったことがないので、いち読者視点からの健康本の編集者の方々へのお願いになるのですが……
科学的検証を経た上で、「自分の親が困ったときにその方法を本当に勧めるか?」と自問もして、「自信を持って勧められる!」と思えるものだけを世に問うていただきたいと思います。
僕の親が変な健康本につかまってしまって、病状を悪化させるようなことを想像すると、死んでも死にきれないですから。

――このコラムで、他の編集さんへの伝言を承ったのは初めてですが(笑)、でも、本当におっしゃるとおりだと感じます。本を作る人には、その責任があるし、覚悟も必要だ、と。

【後編はこちら】『世界一美味しい煮卵の作り方』は、なぜ書店で熱烈に応援されたか。乙丸さん流マーケティングの考え方を紹介します。

次回<なぜ不倫はなくならないのか。なぜ不倫は叩かれるのか。>はこちら

年間10冊以上を担当する書籍のライターとして活動。ビジネス書から実用書まで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『道を継ぐ』など。