編集者・乙丸益伸「自分の命を削って作るから、年数冊が限界」
●本という贅沢。24 (後編)
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乙丸さんが手がけたおもな本
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(上段左から)
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『世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ! 日頃の疑問からデフレまで(飯田泰之さん/5刷)
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『勝ち続ける意志力』(梅原大吾さん/6万部)
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『円高の正体』(安達誠司さん/4万部)
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『世界が日本経済をうらやむ日』(浜田宏一さん、安達誠司さん/6万部)
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『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか』(中島聡さん/10万部、第3回ブクログ・ビジネス書大賞受賞)
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『世界一美味しい煮卵の作り方』(はらぺこグリズリーさん/29万部、第4回料理・レシピ本大賞受賞)
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『日本国憲法を口語訳してみたら』(塚田薫さん、長峯信彦さん/8万部)
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『起業3年目までの教科書』(大竹慎太郎さん/2018年6月発売)
週に1回の新聞チェックでジャンルの上限を知る
――前回は、自分の悩みから企画を作る。そして最低でも、自分にとって役に立つことを立証してから執筆依頼すると伺いました。
乙丸 ただ、自分の悩みを起点にしているとはいえ、そのジャンルにどれだけの数の読者がいるのかは、常に気にしています。
例えば、マネジメントの本でいえば、スターバックスの岩田松雄社長の『「ついていきたい」と思われるリーダーになる51の考え方』の35万部がこのジャンルの最高地点。これが自己啓発であれば『嫌われる勇気』の176万部まで広がる、とか。
読者のパイを知るのに最適なのが、新聞広告です。広告が出ている本は売れている本なので。僕は週に1回、図書館で新聞広告を確認して市場を見ています。売れている本の発行部数を調べるためには、Google先生に「◯◯(書名) 部数」というワードで問いかけるのも有効です。
新書コーナーは一丁目一番地
――第4回料理・レシピ本大賞を受賞された『世界一美味しい煮卵の作り方』は、また全然違うジャンルですよね。レシピを「新書」として出されたのも驚きでした。
乙丸 書店を見ていると、売れていないのにずっと平積みされている本が存在するんです。そういう本は、書店員さんの心に刺さっているということ。『煮卵本』は、そういった「書店員さんに刺さっている本」を観察して、表紙デザインの参考にしましたし、新書でレシピというのも狙い目かなと考えたんです。
僕は、書店における新書コーナーは、一丁目一番地だと思っています。本好きな人がウィンドウショッピングのように新書コーナーを覗いていることって、多いんですよね。
その一等地で、他の新書と違う雰囲気の本があれば目につく。新書コーナーには、普通の教養新書を売るのに飽きている書店員さんもいるんじゃないかな、と。「本当はレシピ本の担当になりたかったんだ!」という人もいるかもしれないと考えたんです。
実際、『煮卵本』には熱烈なポップをつけて応援してくださった書店が多くて、ネットだけではなく、リアル店舗で売れました。大展開してくださった書店員の皆様、この場を借りて、本当にありがとうございます!
「物語→解説」の順で展開すると読みやすい
――話は変わりますが、乙丸さんの本は、どれも読みやすいなと感じます。
乙丸 読みやすいかどうかを決めるのは、「順番」ではないかと思っています。
僕の担当本はほとんど、ストーリーが最初にきて、そのあとに解説が続いているんですよ。というのも、物語は解説に比べて楽に読めるから。章の頭は必ず物語にして、読む推進力がついたところで解説をのせると、離脱されにくい。
自分自身が明確にそのことに気づいたのは、ブロガーで作家のはあちゅうさんがtwitterで
『エピソードが多い本はわかりやすい!:中島聡 「なぜ、あなたの仕事は終わらないのか スピードは最強の武器である 」』(2016年8月17日)
とつぶやいてくださったのを目にしてからです。「やっぱり、ノウハウ書でもストーリーが重要なんだ!」という気づきになりました。その後の書籍は、より一層その順番で展開することを意識しています。
それと、読んでいてわかりにくい部分を徹底的に潰すために、追加取材を大切にしています。
『起業3年目までの教科書』は、「経営している中でぶつかる自分の悩みを全部潰すんだ!」と意気込んでいたら、200ページぐらいだった初稿が、追加取材で最終的に400ページを超えてしまいました(笑)。
アマゾンのレビューに、「編集者か著者か、はたまたゴーストライターの怨念がこもっているかのような凄まじい構成になっている」と書いていただいたときには、すべての努力が報われた気がしました。この場を借りて、書いてくださった方、ありがとうございます!
――事前に検証して、事後取材もしっかりして書き足してとなると、一冊作るのに膨大な時間がかかりますね。
乙丸 そうなんです。なので、今のやり方だと年間数冊が限界で。
ただ、売れる本を作るために嘘をつかなくてはいけないくらいなら、僕は、作らない方を選びます。でも一方で、嘘のない本を作るのには時間がかかるから、売れてくれなくちゃ食べていけない。だから、人生捧げて命を削って(笑)。そうやって、一冊一冊、地道に作っています。
最後に、編集者としてではなく、いち読者として現役の編集者の方々へのお願いをさせていただきたいのですがよろしいでしょうか。
――どうぞ!
乙丸 ビジネス書やノウハウ書、健康書、あるいは政策提言系の本といった書籍の先には、生きている生身の人たちが存在しています。だから書籍の先に、そういう人の人生や生活があるのだということをちゃんと想像して、真剣に本作りと向き合っていただきたいと思います。
そうでなければますます本が売れなくなって出版市場が縮小してしまうから、みたいな話はどうでもよくて。ビジネス書やノウハウ書、政治経済書のファンの一人として、この場を借りてそのことをお願いさせていただければと思います。本によって人が悲しむということは、本当にあってはいけないことだと思います。
- 【さとゆみのつぶやき】
- インタビュー中、「書籍の表紙に著者と編集者の名前が両方出る文化を作りたい」とおっしゃった乙丸さん。それは自分が目立ちたいという意味ではなく、「編集者の名前が表紙に載れば、もっと中身に責任を持たねばと考える編集者が増え、結果的にいい本が増えると思うから」とのこと。私も編集さんの名前で書籍が選ばれることは良いことだと感じます。この連載で推している、「編集さん軸で本を読む」という読書法、もっと広まってほしいな。