秋は松茸! 食通の辰巳琢郎さんが選ぶ、今、旬の食べ物たち

テレビ番組「くいしん坊!万才!」のリポーターを以前担当されていた辰巳琢郎さん。日本各地を訪ね歩き、たくさんの郷戸料理や家庭料理を食されました。その数は3年間で放送600回、2000種類を超える料理だったと言います。グルメを知り尽くした辰巳さんが、季節のおすすめ食材や食へのこだわりをまとめた『やっぱり食いしん坊な歳時記』(集英社)を8月に出版。今回はその一部をご紹介します。

松茸の記憶 長月

土の中からプリプリの「松茸」に出会う

〈時は、1991年10月6日。所は岩手県の葛巻、厳重な鉄格子の門扉を開けて入ってきた松茸山。素人でも容易に見つけられるくらい、あちらこちらに『松茸』が顔を出していました。片や玄人が収穫するのは、土の中のもの。地表に顔を出したり、笠が開いているのは、香りが良くないらしいのです。ほんの僅かな土の膨らみを見つけては「ここ掘れワンワン」の如く掘ってみると、面白いようにプリプリの『松茸』が現れる。根元からそーっと引き抜き、松葉で土を払うと、すぐに酒で湿らせた奉書紙で包み、さらに濡れた新聞紙で包んで、焚き火の中に放り込む。このように掘り立てを蒸し焼きにした『松茸』は、この世のものとは思えぬ陶然とした香りと味わいでした。〉

 秋と言ったら松茸です。
 実家住まいの頃、秋になると決まって母が松茸の炊き込みご飯を出してくれました。
 9月は残暑を感じながらも日に日に夜が長くなっていく。過ごしやすくもあり、祭りの後のよ
うな微妙な寂しさも感じる季節です。

 しかし、夕飯の食卓に「秋をお届け!」とばかりに賑やかに炊き込みご飯が登場!
 父はビールを飲みながら機嫌よく話し、弟は食べることに一生懸命、母は一度座ったと思ったら、台所に戻って熱燗を準備したりと動きまわりながらもワイワイと食卓を囲んだ記憶があります。

 晩御飯が松茸だとわかると、夕方のテレビを見ながらすでに台所から松茸の良い香りが漂う……その香りでさらにお腹を空かせたものです。しかし、欧米では少し印象が違う様子?

〈『松茸』がこれほど高価で珍重されるのは、偏に栽培法が確立されていないからでしょう。ところが、マツタケオールという香り成分は合成され、実用化されてるみたいです。科学の発達は何でも実現してしまい、ちょっとどうかなぁ…と思うことが多いのですが、何故かマツタケオールに関してはあまり抵抗感がありません。日本人のDNAを自覚させられる香りだからでしょうか。信じられないかもしれませんが、欧米では『松茸』の香りを嫌な臭いと感じる人が多いそうです。ラテン語の学名を直訳すると「吐き気を催させる茸」。これには驚きます。しかし考えてみると、『トリュフ』のことを「蒸れた靴下の匂い」と敬遠する日本人が多いのと良い勝負ですね。〉

 また、高級だと思っていた松茸にこんな話があります。

収穫量が最盛期の1%ほど

〈フランス料理界の神様とか、二十世紀最高の料理人と称されるジョエル・ロビュション氏が、兄とまで慕う日本人がいます。塩味に殊に敏感なとびきり繊細な舌を持ち、文学、歴史、オペラ、絵画、ファッションにまで精通した高等遊民のような方。まだ無名だったフランスの青年を何度も京都に連れて行き、日本料理の神髄をたたき込んだのだという話を幾度も聞かされました。
僕も尊敬しているそのT様が、あるお葬式に出されたお吸い物を褒めちぎったそうです。
「何て素晴らしい。この薄味といい、香りといい、さぞ素晴らしい料理人がお作りになったのでしょうね」
  しかしそれは、香り成分の入った即席の粉末を2倍のお湯で薄めたものだったと、という「落ち」でした。

  庶民の手の届かないものになった『松茸』ですが、収穫量が最盛期の1%ほどになった事実は深刻です。森を大切にすることを、『松茸』は訴えたいのかもしれません。〉

『やっぱり食いしん坊な歳時記』

『やっぱり食いしん坊な歳時記』(集英社)
著者:辰巳琢郎
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東京生まれ。千葉育ち。理学療法士として医療現場で10数年以上働いたのち、フリーライターとして活動。WEBメディアを中心に、医療、ライフスタイル、恋愛婚活、エンタメ記事を執筆。