LEBECCA boutique ブランド総合ディレクター 赤澤える

誰かの思い出になる服を、1着でも多くつくりたいんです。

赤澤える LEBECCA boutique ブランド総合ディレクター 原宿ファッションの中心地、ラフォーレ原宿にお店を構えるビンテージ古着と洋服のお店「レベッカブティック」。毎月発表するオリジナル商品がネット上で数分で完売するほど、10代~20代の女の子たちに絶大な人気を誇ります。ユニークなのは、オリジナル商品のすべてに名前と物語があること。人や社会や環境に配慮する、「エシカルな考え方」も根底にあります。「文章で服をつくるディレクター」の赤澤えるさんが、“意味のある服”づくりにこだわって、1着ごとにお話を紡いでいます。

思い出の服にこそ、価値がある

 お店で扱う商品は7割が古着、3割が新作です。新作は週に1回、2~3型ずつつくります。完成すると、写真を撮るより先にその服にまつわるお話を書き、名前をつけています。お話を知った人は、その服をゴミ箱に捨てたりしないと思うので。

 大きなノートに見開き2ページくらい。自分が見たり聞いたり、体験したことをもとにした、ノンフィクションしか書きません。

諦めきれないワンピース、一歩踏み出すニットパンツ、主役が指さすミディスカート……。魅力的な写真とタイトルにひかれて文章をクリックすると、情景描写豊かな物語に引き込まれます。お話が意味深なタイトルの種明かしにもなっています。

 私にとって「意味のある服」は、思い出が詰まった服、これから思い出を詰め込める可能性のある服です。誰かに買ってもらったとか、好きな人にほめられたとかいった思い出が、その服を価値あるものにします。

 私、持っている服が極端に少ないんです。ふだんからクローゼットに入れて着回しているのはワンピースが10点ぐらい。「服屋でしょ?」ってよく言われるんですけど(笑)。もともとそんなに多くありませんでしたが、この仕事を始めて本格的に減りました。

 10代の頃から古着が好きでした。新品の洋服を着ると、なんだか「広告」を着ている感じがしたんですね。ファッションの仕事をするまで、その感じをうまく言語化できていなかったんですが。

語ることがない服って、イヤです

 もともとは、ファッションやアパレルのお仕事に就くつもりはまったくなかった。毎日同じ街、同じ場所に通うことに意味を見いだせず、大学も2カ月で退学しました。

 それで美容師になろうと思って、美容室で働いたのですが、皮膚があまり強くないので、ゴム手袋を外して仕事をしたら面白いぐらい手が荒れてしまったんです。手をグーにするだけで、関節から血がにじむほど。それを見て美容師さんが「悪いこと言わないからやめたほうがいい」って。

 そんな私を心配した高校時代の友人が片っ端から人を紹介してくれて、日本最大級のファッションショーを手がける会社に入りました。その後はアパレル会社のプレスに転職し、古着屋さんでも働きました。そんなあるとき、後にレベッカブティックを運営することとなるストライプインターナショナルの石川康晴社長とお会いしたんです。

 もともと、石川さんのことも、主力ブランドのアースミュージック&エコロジー(以下、アース)も知っていましたが、恥ずかしながら顔と名前が一致していなかった。初対面でも「何してるんですか?」「服屋だよ」「ああ、一緒ですね」みたいな(笑)。そのとき、「ファストファッションってどう思う?」って聞かれたんです。

 私はお酒も入っていたし、かなり本音で話しました。「語ることがない服ってイヤです。なくなればいいと思ってる」って。そしたら「たとえばどんなブランドが?」と聞くので、「アースミュージック&エコロジーとか、なくなればいいんじゃないですかね」って言ってしまったんです。

 帰り道、酔いざましに書店に寄ったら、陳列されていた本が目に入りました。それが石川さんの著書で。「あれ?」と思って、もらった名刺を取り出して、名前を見た瞬間、「やばい」と思いました。すぐに謝罪の連絡を入れると、「これからもそういう意見を言ってくれるなら、仲良くしよう」と言ってくださり、交流が始まったんです。

 その後、ストライプ社がアパレル業界初の日常着のレンタルサービスを始めたのをきっかけに、カメラマンとして働くようになり、やがてプレスの仕事を任されることに。

 ラフォーレ原宿にある東京1号店のアースをリニューアルするプロジェクトに関わることになったんですが、提示されたプランがどれも私には刺さらなかった。率直に意見を言っていたら、「きみなら何がやりたい?」と石川さんに聞かれたんです。私は時間もお金も古着にしか使わないし、洋服のことを教えてくれた古着屋さんには今も感謝している、それがつながるような仕事ならしたいと言うと、「それなら、古着屋さんやろうか」って。今度は私が「そんな急に決まることならやりたくない」と(笑)。3回くらいお断りしたんですが、最後はまわりの方々の言葉に背中を押されて決めました。そして2015年冬にプロジェクトがスタートし、翌年の春にレベッカブティックがオープンしました。

買い付け先で見た光景に、ひざをついて大泣きした

 その春、ロサンゼルスに初めて商品の買い付けに行き、買い付け先の倉庫で見た光景に言葉を失いました。広い倉庫じゅう、床から天井まで、服が積み上げられていたんです。それを見て、ひざをついて子どもみたいに大泣きしてしまいました。もう服を作るのはやめよう、やっぱり私にこの仕事は向いていないと思った。その光景をムービーにとって、「この現状を知ってますか? これでも服を作りますか?」って石川さんに送りました。

 やるべきことを見失ってしまった気がしたんです。ファッションの専門的な勉強をしたわけでもない、ただのラッキーのようなものでお店を持てた私が、このまま、この仕事を続けていいのだろうかって。

 ただ、それ以前から、服に名前を付けて売るという売り方はしていたんですね。帰国後、石川さんから「そのやり方を続けることに魅力を感じないか」と言われました。考えてみれば、ファストファッション主力の会社で私みたいな売り方や発信を認めてもらっていること自体、ほかの会社ではあり得ないこと。(会社の)ほかのブランドを傷つける可能性もあるのに、社長みずから背中を押してくれることに「革命」を感じました。

 服が世の中に溢れている時代だからこそ、ゴミ箱に入らない、だれかの思い出となる服を1着でも多くつくりたい。服の山を見たあの日から、その思いはむしろ強くなっています。

赤澤えるさん プロフィール

LEBECCA boutiqueブランド総合ディレクターをはじめ、様々な分野でマルチに活動。特にエシカルファッションに強い興味・関心を寄せ、自分なりの解釈を織り交ぜたアプローチを続けている。また、参加者全員が「思い出の服」をドレスコードとして身につけ、新しいファッションカルチャーを発信する、世界初の服フェス「instant GALA(インスタント・ガラ)」のクリエイティブディレクターに就任。

「instant GALA」は4月22日に東京・渋谷の「WWW X」で開催。「思い出を意識して服を選んだことなんてないという人は、ぜひ新しい服を着ていただき、それを『思い出の1着』にしてほしいですね」(赤澤さん)

未婚、既婚、子どもの有無、転職や独立の経験者。恋好き、旅好き、おいしいもの好き(缶チューハイ含む)。さまざまなstoryを持つ「telling,」編集部メンバー。
フォトグラファー。岡山県出身。東京工芸大学工学部写真工学科卒業後スタジオエビス入社、稲越功一氏に師事。2003年フリーランスに。 ライフワークとして毎日写真を撮り続ける。
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