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Netflixノワール韓国ドラマ「マイネーム:偽りと復讐」が訴える「よく生きる」ための復讐

世界最大の動画配信サービス、Netflix。自他共に認めるNetflix大好きライターが膨大な作品のなかから今すぐみるべき、ドラマ、映画、リアリティショーを厳選します。今回ご紹介するのは、韓国ドラマ「マイネーム:偽りと復讐」。高校生のユン・ジウ(ハン・ソヒ)は、たったひとりの家族である父親を殺されてしまう。ジウは、仇を討つために名前を変えて生きていくことを決意、刑事「オ・ヘジン」として、素性を隠したまま麻薬取締官となり、父殺しの犯人と目される男に接触していく。
Netflix『THE GUILTY/ギルティ』1シチュエーションで1時間31分、一瞬も聴き逃がせない秀逸サスペンス

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名前を変えて警察に潜入する「麻薬組織の娘」の物語

Netflixで配信中の韓国ドラマ『マイネーム:偽りと復讐』(2021年)。たった一人の家族である父親・ドンフン(ユン・ギョンホ)を殺された高校生のユン・ジウ(ハン・ソヒ)が、父の仇を討つために自分の名前を変えて生きる選択をする。

「生きるということは つらい時に弱音を吐ける人を 見つける過程なのかもな」

ジウにそう語りかけたのは、父親が所属していた麻薬組織のボス、チェ・ムジン(パク・ヒスン)だ。ジウもムジンも、唯一の「つらい時に弱音を吐ける人」を失った。他に手がかりも頼れるひともいないジウは、ムジンに言われるがままに名前を変えて「オ・ヘジン」として刑事の仕事に就く。

ジウ役のハン・ソヒは、同じくNetflixシリーズの『わかっていても』(2021年)で恋愛に臆病な美大生役を演じていた。大学生のリアルな恋愛模様が描かれた『わかっていても』の役柄とは違い、『マイネーム』では出会うひとすべてを疑うギラギラとした目つきの女性を演じた。また、運動らしい運動をしたことがないというハン・ソヒが、男性たちを相手に戦うアクションに挑戦したことも話題となった。

そんな触れ込みから、当初はハン・ソヒのアクションシーンに期待をして見はじめた。しかし、それ以上の見どころは「複雑に絡み合う人間関係とはまさにこのこと」とも言うべき、登場人物たちの隠し持つ背景だ。

「オ・ヘジン」と名前を変えたジウ(ハン・ソヒ)は、父の仇を討つために刑事になった/Netflixシリーズ『マイネーム: 偽りと復讐』独占配信中

見どころは「仇を討つ者たち」の絡み合う人間関係

素性を隠して警察に入り、麻薬取締官となったジウ。そこで出会ったチーム長のチャ・ギホ(キム・サンホ)は、父・ドンフンが殺されたあとに訪ねてきた男だった。ギホを疑うジウは、ムジンを逮捕すべく手を回すギホの動きをムジンに常に報告する。

そして、麻薬取締官の先輩であるチョン・ピルト(アン・ボヒョン)との出会い。小柄な女性のジウがキツい麻薬取締課で働けるのかとピルトは疑うが、彼女の熱意と戦闘力を見て、次第に助けてやりたいと思うようになっていく。

ピルトは、大切な妹を麻薬によって亡くしていた。犯人はわからない。「麻薬取締官を続けていれば、逮捕したやつのなかに犯人がいるかもしれない」という、霞のなかに手を突っ込み続けるような途方もない方法で仇を討とうとしているのだ。

そのエピソードから気がつくことがある。ジウにとって父のドンフンや恩人のムジンは大切なひとで、彼らの仇を討つ目的だけを支えとして彼女は生きている。一方で、街で「麻薬の売買」という犯罪行為がおこなわれていたために、ピルトの妹は亡くなってしまった。

ジウとバディを組む麻薬捜査官の先輩チョン・ピルト(アン・ボヒョン)にも、仇を討ちたい相手がいた/Netflixシリーズ『マイネーム: 偽りと復讐』独占配信中

ピルトの妹が飲まされた麻薬がムジンたちによって売買されていたものかは、もちろんわからない。けれど、ひたむきなジウの復讐が叶うことを純粋に願っていたそれまでの気持ちに、微かな疑問や罪悪感が差し込まれる。ムジン、ドンフン、そして彼らを助けるジウもまた、誰かに復讐心を向けられる立場の人間なのだと、はたと気がつく。

作中では、ジウがそのことにハッと気づいたり思い悩んだりする様子が、わかりやすく描かれることはない。彼女は父の仇を討つことにまっすぐなので、その因果に気づいたかどうかもわからない。彼女の復讐を応援して見ていた側である自分だけに静かに冷たい水をかけてくる。絡み合う因果の可能性を匂わせる、その脚本と演出のさりげなさに感嘆の息が漏れる。

ジウの父を信頼していた麻薬組織のボス、チェ・ムジン(パク・ヒスン)は冷徹に見えて内なる感情の起伏が激しい/Netflixシリーズ『マイネーム: 偽りと復讐』独占配信中

「よく生きる」とはどういうことか。監督と脚本家によるさりげない問題提起

本作の細やかな演出を手掛けたのは、キム・ミンジン監督。イ・ジュンギ主演の恋愛ドラマ『犬とオオカミの時間』(2007年)でも有名だが、近年ではNetflixオリジナルシリーズの『人間レッスン』(2020年)で犯罪に引き寄せられていく10代の若者たちの姿をリアルに描いた。

『人間レッスン』は、見る側であるわたしたち大人に「あなたならどう思うか、どうするか」を問い掛け続けた作品だった。『マイネーム』でも、すでに罪を背負っている(かもしれない)者の復讐をどう捉えるかを問われていたように感じる。

殺されたドンフンがジウに手紙を遺していたことが、後々になって発覚する。その一文は、日本語字幕では「俺がいなくても 幸せに 元気で暮らせよ」と意訳されている。勝手ながら直訳すれば「父さんがいなくても 幸せに よく生きなければいけないよ」となる。

わたしは、韓国語のこの「よく生きる」という表現が好きだ。韓国でこの言葉を聞いた経験から解釈を加えると、「しっかり生きる」とも言えるし、また「善く生きる」という意味も込められていると感じる。

父さんが殺されてしまっても、しっかり生きなければいけない、そして善く生きなければいけない。このドンフンの手紙の一文は、脚本を担当したキム・バダが意識したという「復讐と正義」について考えるきっかけとなっている。

「よく生きたい」と思っていても、つい、気がつかずに、誰かを傷つけてしまうことがある。それなのに自分の負った傷には敏感になり執着し、ひとを恨んでしまう場合もある。『マイネーム』のなかで、その難しさに最もこだわっているのは誰なのか。そして、ジウはドンフンの遺した「よく生きなければいけない」という言葉をどう受け止め、どう行動に移したのか。

一度見たあとも、「よく生きる」について考えるヒントとして繰り返し見たくなる、真摯な問い掛けを含んだノワール作品である。

ドンフン、ムジン、ピルト、警察……ジウは誰を信じるべきなのか/Netflixシリーズ『マイネーム: 偽りと復讐』独占配信中
Netflix『THE GUILTY/ギルティ』1シチュエーションで1時間31分、一瞬も聴き逃がせない秀逸サスペンス
ライター・編集者。エキレビ!などでドラマ・写真集レビュー、インタビュー記事、エッセイなどを執筆。性とおじさんと手ごねパンに興味があります。宮城県生まれ。
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