「梨泰院クラス」俳優キム・ドンヒ主演Netflixドラマ「人間レッスン」10代のリアルを通じて届く大人へのメッセージ
●熱烈鑑賞Netflix 73
「平凡に生きたい」少年ジスに必要な9000万ウォン
「人を傷つけなければ、誰もが自由に生きる権利がある」
主人公の高校生、オ・ジス(キム・ドンヒ)は、援助交際をしていた同級生のミンヒ(チョン・ダビン)の前でそう言った。ミンヒと、そしてジス自身をかばうために。このときジスは、自由に生きる権利が自分にもあると信じていた。
Netflixで配信中の韓国ドラマ『人間レッスン』(原題:人間授業)。中学3年生で両親に見捨てられた主人公の少年・ジスの夢は、「高校を卒業すること」「平凡な人生を生き、平凡に死ぬこと」だった。韓国で平凡に生きて死ぬために必要なお金は、学費や生活費などを含めて9000万ウォン。そのお金を稼ぐために、持っている知識を活かして“警護サービス”をはじめる。
ジスが“警護サービス”と考えている仕事の実態は、売春の斡旋だった。顧客を管理し、少女たちに仕事を振って、何かトラブルがあったときには用心棒のイ室長(チェ・ミンス)を派遣して暴力や強迫で解決する。ジスは現場には一切顔を出さず、すべての指示をスマートフォンから送るだけ。仕事は簡単で順調だった。
しかし、同じクラスの優等生であるギュリ(パク・ジュヒョン)に仕事用のスマートフォンを盗まれ、ジスの人生は変わっていく。ギュリは芸能プロダクションを経営する両親を持ち、裕福な家庭で育ってきた。ジスの生活や人生がかかった仕事に、経営ごっこを楽しむかのように参加してくる。ジスは戸惑い苛立ちながらも、美しく堂々として頭も切れるギュリに惹かれていた。
そんなある日、ギュリの行動がもとになって、ジスの貯めていた約6000万ウォンが実の父親に盗まれてしまう。塾代も学費も、イ室長への給料も払えなくなったジスは、ギュリの手を借りざるを得ない状況に追い込まれていく。
主人公のジスを演じたのは、ドラマ『梨泰院クラス』のチャン・グンス役で知名度を高めたキム・ドンヒ。本作の撮影は『梨泰院クラス』よりも前におこなわれていた。賢いながらも未熟な未成年の危うさが、より感じられる。
また、ジスの仕事に関わってくるギュリ役は、まだ出演作がほとんどない新人のパク・ジュヒョンが演じた。実年齢が当時24~25歳だったことを活かし、どこか野暮ったさのある制服姿の高校生と、経営者の娘として正装をしたときの大人っぽさを細やかに演じ分けている。
最も遠い大人が体現する「大人の責務」
『人間レッスン』で描かれているのは、韓国(特に都市部)で生きる10代のすぐそばにある危険、犯罪の様子だ。その内容があまりに現実に近いために、10代のリアルを描いたにも関わらず韓国では10代に視聴制限がかけられ、見ることができないのだという。ドラマの最後には毎話かならず、
「困難を抱えている青少年をご存知なら、『一人じゃない』と声をかけてあげてください」
というメッセージと、相談先の電話番号、連絡先が表示される。日本では若者への視聴制限がないため、「助けが必要な時は信頼できる人に相談するか 地域の相談窓口に電話してみましょう」という字幕にローカライズされている。たとえ生きるためであっても犯罪を美化しない、そして、現実で困難な状況にある若者をエンターテインメントとして消費しないという、強い意思がある。
若者に「一人じゃない」と声をかけるのは、大人の役目だ。本作では、ジスやギュリ、ミンヒたちにとって一番身近な大人であるはずの両親は、一度も彼らを助けてくれない。それどころか、ジスの父親はこどもの貯めた金を仮想通貨につぎ込んで失う。ギュリの両親は、ダイエットのために食事を与えず、成績や見た目に関してプレッシャーを与えて友人関係まで管理しようとする。
物語のなかで一番頼りになるのは、元ホームレスで用心棒のおじさん・イ室長だった。体が大きく髭面で、無口でいつも険しい表情をしている。仕事であれば暴力もいとわず、ジスやミンヒのやることにも無関心に見える。だが、ときには未成年のミンヒには援助交際を辞めるように助言するし、ジスについても未成年と知っているからこそ仕事の関係を続けているように見える。こどもたちに最も危険が迫ったときに、身を挺して彼らを守ったのもイ室長だった。
親も教師も警察も信用できないこどもたちが心を寄せたのが、まったくの他人であるイ室長。最初は、なぜイ室長がジスたちに手を貸し続けるのかわからなかった。罪悪感なく売春の斡旋をしていたときのジスは、どこか傲慢で冷酷、かつこどもっぽい面もあった。給料がもらえるとはいえ、大人であるイ室長の癇に障る瞬間もあっただろう。
なぜイ室長は彼らのそばに居続けたのか。その理由を理解するヒントになるのが、毎話、最後に表示される「困難を抱えている青少年をご存知なら、『一人じゃない』と声をかけてあげてください」というメッセージだ。他人であっても、わたしたち大人は未成年・こどもを無条件で守るべきだ。危険なことに取り組んでいるとしたら、意思を尊重しつつ見守り、最低限の助言をし、本当の危険は遠ざけなければならない。その「大人の責務」が、イ室長の存在そのものなのだろう。
日本では、未成年を性的に見ていると大人たちが日々気軽にSNSに書き込んでいる。未成年が被害に遭う犯罪や事件があると「でも被害者にも落ち度がある」「ハニートラップではないか」などの声が上がり、こどもは守るべきという社会の意識が薄いと感じることが多い。韓国にも似た問題があるのだろう。
イ室長に叱られ、援助交際を辞めさせられたミンヒはイ室長に懐き、互いに大切な存在になっていく。それは、彼が「大人の責務」を果たしたからこそ得られた時間だったはずだ。
『パラサイト』に通ずる格差と関係性の表現
もうひとつ、本作が描き出しているのが「格差」の問題だ。貯めていたお金を盗まれたショックで混乱するジスに、ギュリは言い放つ。
ジス「貯めてた金がぜんぶなくなった!」
ギュリ「うちは裕福だから、よくわからないの」
ジスが窮地に陥っている場面でも、高層ビルや大きな橋がかかる街にはたくさんの車が走る。ジスの部屋から外を見ると、その景色のなかにピンク色が華やかな、大きなBTSの広告看板が立っている。未成年のジスが「平凡に生きたい」と願った世界は、ジスの部屋からは遠く見える。
格差を描いた韓国の作品といえば、映画『パラサイト 半地下の家族』が有名だ。半地下の家や坂、階段、水の流れなどを巧みに使って、富裕層と貧困層の格差を表現した。本作でも、ジスやギュリの格差や罪の重さ、彼らの関係性が、階段やベッドの柄などの場所や色合いによって示唆される場面がいくつも出てくる。彼らの人生の行方がどう変わっていくのか。「うちは裕福だから」とジスを突き放したギュリが彼と同じ目線に立つことはできるのか。背景にも注目して見ていくとまた気づくことが増える。
10代のリアルを描きながら、『人間レッスン』は毎話わたしたち大人へのメッセージを含んでいる作品だ。警察が間違えたミンヒへの最初の対応、先生の「俺が力になろうか?」とジスに声をかけたタイミングもよく考えられていて学びになる。また、こどもを陥れようとする大人たちのやり口も、嫌悪感を与えるように練られた描写になっている。
「人を傷つけなければ、誰もが自由に生きる権利がある」と、ジスは言っていた。では、こどもたちを傷つけた大人たち、その大人たちがのうのうと生きている社会をつくったわたしたちはどうやってこどもたちの「生きる権利」を守ればいいのか。イ室長をはじめ本作に登場した大人たちの振る舞いから、もう一度考えたい。
『人間レッスン』
出演:キム・ドンヒ、チョン・ダビン、パク・ジュヒョン
原作・制作:チン・ハンサイ、キム・ジンミン
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