Netflix発韓国ホラー『Sweet Home─俺と世界の絶望─』に見る“普通の女性たち”の生き様
●熱烈鑑賞Netflix 65
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- 前回はこちら:Netflixドキュメンタリー「タコスのすべて」多様性ってこういうことか
怪物化する人間と戦うホラーサスペンス
30代になった。周りから「おばさん」と言われたり「まだ若いんだから」と言われたりする。自分の中にもその揺らぎがある。おばさんとして振る舞うべきか、若者として振る舞うべきか定まらなくて、なんだかふわふわとした感覚。そんなとき、なにか特殊な才能があるわけではない普通の女性たちの生き様が描かれた作品を見たいと思った。それは、韓国のホラーサスペンスドラマ『Sweet Home─俺と世界の絶望─』のなかにあった。
主人公の少年、チャ・ヒョンス(ソン・ガン)が、「グリーンホーム」という名のマンションに引っ越してくる。ヒョンスは事故で家族を亡くし、また学校ではいじめを受けて不登校となっていた。強い孤独と絶望を感じ、引っ越してすぐに自殺を図ろうとする。グリーンホームに住む少女、イ・ウニュ(コ・ミンシ)と出会い一度は自殺を諦めるが、ヒョンスの心は鬱々としたままだ。
そんななか、ヒョンスの隣人の女性が怪物化した。住民たちも異変を感じ、どうしたらいいかわからずマンションのエントランスに集まる。しかし、外にもまた異形の姿となった怪物が住民たちを食べようと待ち構えていた。ウニュの兄で医大生のウニョク(イ・ドヒョン)の判断によってエントランスのシャッターは閉められる。住民たちはグリーンホームに籠城して救助を待つことになるが、軍の応援や救助などが来ることはなく、住民ひとりひとりが怪物と戦う決断をせざるを得ない状況に追い込まれていく。
孤独なヒョンスが誰かを助けたいと思ったときからはじまる成長や、冷静すぎてときに誤解されてしまうウニョクが心を開いていく姿。他にも、熱心なキリスト教徒でありながらアルコール中毒の弱い自分とも人知れず戦っている教師のチョン・ジェホン(キム・ナムヒ)、暴力的で無口だが実はある約束を胸に秘めているピョン・サンウク(イ・ジヌク)など、強く優しい男性キャラクターも多く、本作の大きな魅力となっている。
その一方でアラサーのわたしの目をひいたのが、多様でありながらも“普通”の女性たちだった。
傷ついてきた“おばさん”が立ち上がるとき
グリーンホームで一人暮らしをするユン・ジス(パク・ギュヨン)は、音楽が趣味で見た目はいまどきの若者といった雰囲気。ヒョンスの自殺を止めたウニュは、バレリーナを目指していたが怪我で夢を諦めている学生。グリーンホーム内の商店の店主の妻、アン・ソニョン(キム・ヒョン)は、夫から日々暴力や暴言を受けている。いつも犬を抱いているソン・ヘイン(キム・グクキ)。イム・ミョンスク(イ・ボンリョン)は、幼い我が子を亡くしたばかりの母親。保育園の園長でもあるチャ・ジンオク(キム・ヒジョン)は、まだ家に帰ってこない娘の安否を心配し続けている。
この他、特殊部隊にいた消防官のソ・イギョン(イ・シヨン)や、喘息を患っているが医療の知識があるパク・ユリ(コ・ユンジョン)もいる。ジス、イギョン、ユリは、ヒョンスらとともに怪物との戦いにも参加する。過去に婚約者を亡くしているイギョンは複雑な事情を抱えているが、ジスは戦いの中で知り合ったひとたちを、ユリは介護を担当している老人のアン・ギルソプ(キム・ガプス)を守るために戦う。
とはいえ、多くの女性たちは前述のように、戦闘の経験も医療の知識もない一般的な若者やおばさんたちだ。
たとえば、夫からの暴力や暴言に何十年も耐えてきたソニョン。彼女は、短気でグリーンホームの輪を乱す夫の言うことにずっと従っていた。それでも、命の危機を乗り越えたり、自分たちを守るために戦い傷ついて帰ってくる住人を見たりして、ソニョン自身も変化していく。
ソニョンは、一見足手まといだとも思われそうな「普通のおばさん」だ。しかし、暴力に傷ついて生きてきたソニョンだからこそ、危機的状況のなかで妊娠しているとわかった女性や、何度も傷ついて帰ってくるヒョンスたちへの寄り添いかたを心得ている。ドラマのストーリーの中でも住人たちにとっても、安心感を担う存在。
もちろん、それだけでは女性性を担った既存のキャラクター像と大きくは変わらない。だが、ソニョンの夫が怪物になったとき、そして彼女自身も怪物になりかけているときの振る舞いに、暴力で抑え込まれていた女性が意思を持って行動することの苦しさと凄みとを感じられる。
自分の意思を信じる女性たちの姿
幼いこどもを亡くして正気を失っているかのようなミョンスクも、再び守るべき存在とであったときには自分自身を取り戻す。ミョンスクもまた怪物になりかけているのだが、こどもたちを守るという強い意思が、怪物となっても意外なかたちで表出する。娘の帰りを待つジンオクも、ミョンスクと同じようにこどもたちを守ることで自分の本来の仕事や使命を思い出す。
ミョンスクやジンオクとも違い、犬を抱いてスマホで写真や動画を撮っているだけのヘイン。しかし、ヘインが簡単に死んでしまうかというとそうではない。この世界で戦うちからを持たない女性にも、生きるチャンスが当たり前にある。
グリーンホームには、こどもも老人も障害者もいる。犯罪者もいれば、いじめられっ子もいる。生きるための能力がある者もない者もいる。いわば縮小版社会のなかで、戦闘力を持たない女性たちは、自分より弱い者を守り、弱った者や社会からはじかれた者の味方になる。それは女性がケア要員だからではない。彼女たちがいまの自分のできることや、自分の思うまっとうな生きかたを貫いた結果だ。ひとりひとりがそこに辿りつく過程までも、本作はたった10話のなかでしっかりと描いている。
30代の自分がこれから先どんな風に生きていけばいいのか、と考えるとき、グリーンホームの女性たちの姿を思い出す。もしこの社会で生きるちからが足りなくても、生きるチャンスはある。自分より弱い存在に寄り添い励ますくらいのちからは、わたしにもあるかもしれない。「おばさん」と言われる年齢になりつつあるからこそ、自分自身がまっとうだと信じられる生きかたをしてみたい。
ホラー作品は苦手なのに最後まで一気に見てしまった。それは、こんな風に自分の生きかたを重ねられる普通の女性たちが、自分を信じて生き抜いていたからだと思う。
『Sweet Home─俺と世界の絶望─』
出演:ソン・ガン、イ・ジヌク、イ・シヨン
原作・制作:イ・ウンボク、ホン・ソリ、チャン・ヨンウ、キム・ヒョンミン、パク・ソヒョン、パク・ソジョン
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