Netflixドキュメンタリー「タコスのすべて」多様性ってこういうことか
●熱烈鑑賞Netflix 64
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ソウルフードをめぐる人々の物語
カラッとした陽射しを浴びたメキシコの街並みの映像を観ながら、気持ちは北極に飛んでいた。北極の先住民族の人びとは雪を何種類にも呼び分ける、という(正確なところはわからないけれど、多くの人に信じられている)エピソードを思い出していたのだ。「タコスのすべて」を観て、「知る」ということは、違いがあることを理解することなのだなと感じた。
そもそも、タコスには大して思い入れがない。「タコスって、ひき肉みたいなものをレタスといっしょになにかの薄い皮で巻いて、サルサソースの味付けで食べるあれだろう」という漠然としたイメージしかなかった。「タコスのすべて」というこのシリーズに興味を持ったのも、「あの単純そうな食べ物について、30分×6回もやることがあるのか?」という疑問からだった。観終えた今はそれがとんでもない誤解だったとわかる。タコスは1000年の歴史をもったメキシコの本当の意味でのソウルフードで、地域によって、店によってぜんぜん違う。
有名な通りに人々が集い、誰もがお気に入りの店に通い詰める「パストール」。
聖地・ミチョアカン州に5代にわたりタコスを作り続けるという店主の超人気店がある「カルニータス」。
自転車の荷台にタコスをぎっしりと詰めたかごをくくりつけて売り歩く、安価で学生や工場勤めの人々に愛される「カナスタ」。
ソノラ州で丹精込めて作られた最高級のブランド牛が使われている「アサーダ」。
マヤ文明の時代に生まれた、地面に掘った穴に葉を敷き詰めて肉を焼く料理法で作られている「バルバコア」。
家庭料理から生まれたために、地域によって具が違うという「ギサード」。
それぞれ、具材もソースも作り方も違う。共通するのは、その土地土地の人々に愛され、日々食べられていることだけだ。
タコスとともに生きる女性たちの人生が垣間見える
「タコスのすべて」の各話は、タコス目線のひとり語りのナレーション(!)から始まる。これ、一見突飛なように見えて、人にそれぞれ個性があるように、タコスにも違った個性があることがすぐ理解できる。前半でそれぞれのタコスの歴史がアニメーションで紹介されるパートもわかりやすくてポップで、「Netflixってこういうところ、うまいなー!」と感心してしまう。メインはなんといっても、タコス作りの美しい映像と、タコスに関わる人々の証言。タコスの作り手、売り手、タコスに使われる肉を育てる人々、料理研究家、社会人類学者……。全員がタコスに対して熱を持ち、誇りを持ち、そのタコスに詰まった文化を愛している。1本でも観れば、単なるファストフードではなく、メキシコの各地域の歴史と暮らしのすべてがあの薄いトルティーヤに包まれたものこそがタコスの正体であるとわかる。
シリーズを通じて、女性の存在が印象的だ。男の仕事だったタコス作りの歴史を覆す存在という若き女性。学校にも通わず13歳から父を手伝い、牛肉を育て売ることに日々を捧げる女性。トルティーヤの原料となるとうもろこしの遺伝子組み換え化を危惧し、在来種を守ることに力を注ぐ女性。「文化を愛している」と言い、メキシコの伝統服で着飾って自転車でタコスを売りに行く女性。メキシコシティーで映画関係者向けにタコスの販売を始めた祖母の後を継ぐ「リトル・ブロンディ(小さなブロンド娘)」と呼ばれる老女……。たったひとつのフィンガーフードから、様々な人生が透けて見える。
「違い」を知ると見る目が変わる
今回紹介したのは「シーズン1」で、現在は新シリーズである「シーズン2」も配信されている。シーズン1を見終えた今なら、きっと「タコスのすべて」を網羅するにはあと何シーズンも必要そうだということがわかる。
この原稿を、私はアメリカ発のタコスのチェーン店で書いている。何しろこの作品を観るまでタコスに興味がなかったから、この店にも初めて入った。今の私にはシーズン1の6タイプのタコスの知識が入っている。トルティーヤはとうもろこしか小麦粉を選べるのだろうか、肉の部位はどう指定したらいいのだろう、とドキドキしながらメニューを見たら、「皮が固いものか柔らかいものか」しか選べなかった。いわゆる「アメリカン・タコス」(これはシーズン2に登場します)だったのだ。
「タコスのすべて」に登場したメキシコの人々はこれを見てきっと言うのだろう。「アメリカのタコスも悪くない。でも世界一はうちのタコスだ」と。
「タコスのすべて」
原作・制作:パブロ・クルス
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