熱烈鑑賞Netflix

「アグリー・デリシャス」最高のピザ、タコス、フライドチキン……胃袋の熱狂ドキュメンタリー【熱烈鑑賞Netflix】

世界最大の動画配信サービス、Netflix。いつでもどこでも好きなときに好きなだけ見られる、毎日の生活に欠かせないサービスになりつつあります。そこで、自他共に認めるNetflix大好きライターが膨大な作品のなかから今すぐみるべき、ドラマ、映画、リアリティショーを厳選。今回取り上げるのは、アメリカのスターシェフ、デイビッド・チャンがホストを務める「アグリー・デリシャス: 極上の”食”物語」。庶民の胃袋を熱狂させてやまない、うまいものの文化と歴史を追ったドキュメンタリーです。

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米スターシェフが食べ尽くす

「食」にまつわる番組の豊富なNetflixにおいて(なんせマリファナ料理に特化した番組まであるのだから)、もっともおもしろい食ドキュメンタリーのひとつとして推したいのが「アグリー・デリシャス: 極上の”食”物語」だ。

ホスト役を務めるのは、デイビッド・チャン。ニューヨークでは知らぬ者なしと言われるレストラン・チェーン「モモフク・グループ」の創業者だ。テレビ出演多数、著書多数、2010年には「TIME」誌の「世界で最も影響力のある100人」に選出にされた、まさに現代アメリカを代表するスターシェフの1人である。

ホスト役を務めるスターシェフ、デイビッド・チャン。彼のちょっと面倒くさく、でもかわいらしいキャラも本作の魅力/Netflixオリジナルシリーズ「アグリー・デリシャス: 極上の”食”物語」独占配信中

そんな人物がメインを張る番組となれば、扱うのはセレブリティ御用達の豪華絢爛な一流料理かと思いきや、さにあらず。登場するのはピザにタコス、フライドチキンといったおなじみの大衆食ばかり。本番組は、見てくれこそ見目麗しいとは言えないが、庶民の胃袋を熱狂させてやまないうまいもの——すなわち「アグリー・デリシャス」の文化と歴史を追ったドキュメンタリーなのだ。

越境し、変化し続ける料理

「アグリー・デリシャス」で取り上げられる料理は、誰もが知るおなじみのものばかりだが、総じて文化的背景が複雑であるという共通点がある。

例えば、シーズン1-1「最高のピザとは」で取り上げられるピザ。イタリアのナポリ発祥のこの料理は、アメリカに渡ることで「アメリカ料理」として独自の進化を遂げた。またチェーン展開が進み、さらに他国へと輸出されていく過程で、テリヤキ味やマヨネーズソース、和風や中華風の味・トッピングが加わるなど、オリジナルから遠く離れたものへと変化していった。円形の生地の上に具材+チーズというビジュアルこそ同じだが、オリジナル至上主義者からすれば「こんなのピザじゃない!」ということにもなる。しかし、ともすると冒涜とも言われかねないアレンジが加えられ続けたことで、ピザは世界で知られる料理として確固たる地位を確立したという側面もある。

また、シーズン1-2「タコスにくるまれて」で取り上げられるタコスはメキシコの名物料理だが、世界に目を向ければ、韓国料理と融合したタコス、肉ではなく魚介の具を挟んだ海鮮タコス(点心っぽいらしい)、ケバブサンドと融合したタコス、はたまた高級レストランで供されるタコスなんてものまであるという。そして、こうした異端者も現在のピザ同様、「アリ」とする文化もあれば、「ナシ」とする文化もある。つまり、同じ名前の料理であっても、生まれた国や育った環境といったバックグラウンドの違いで、それぞれ「当たり前」の姿が違ってくるわけだ。

世界のベストレストラン50」で20位以内をキープするメキシコの名店「プホル(Pujol)」のタコス。繊細! オーナーシェフは寿司料理の影響を語る/Netflixオリジナルシリーズ「アグリー・デリシャス: 極上の”食”物語」独占配信中

オリジナルを尊重すべきか? 料理発祥の国の材料を使わなければ“本物”足り得ないのか? チェーン店の味は否定すべきもの? 料理が変化することの是非は? etc.……

チャンとその仲間たちは世界中を巡り、オリジナルからその派生料理までを食べ尽くし、徹底的に議論を重ねていく。

食を介した相互理解の可能性

世界中の活気溢れる市場がたくさん見られるのも本作の魅力/Netflixオリジナルシリーズ「アグリー・デリシャス: 極上の”食”物語」独占配信中

「アグリー・デリシャス」は、ある国、ある人種を代表する料理でありながら、そこに留まらない広がりを見せる料理にフォーカスする。こうしたテーマ設定の背景には、韓国系アメリカ人という、デイビッド・チャンの出自が大きく関わっていると思われる。アメリカの韓国移民の家庭に育った彼は、番組内での発言からも、人種や文化と料理との関係性に複雑な感情を抱いていることが伺える。文化のるつぼであるアメリカに、非白人として生を受けたことは、彼の料理観に大きな影響を与えている。

料理人を志した当初、「勉強する意味があるのは高級フレンチのみだと思っていた」と語る彼は、ある時期から、子どもの頃から家庭で食べていた祖母や母の作る韓国家庭料理の価値に目覚めていったという。しかし一方で、自身の作るものを、あくまで「アメリカ料理」として捉える姿勢も伺える。また幼い頃、家に漂うキムチの匂いを理由に仲間外れにされた経験は、今アメリカでポピュラーになりつつある韓国料理的な味付けに対する「散々バカにしてたくせに、今さら俺のルーツの味をクールなもの扱いするってどうなのよ?」という反発心をも生んでいる。

この番組が教えてくれるのは、料理にまつわる文化と歴史をひもといていくことは、国や人種というものを掘り下げていくことと同義だということだ。そしてそこには、簡単に白黒つけられないことや、相反するものの共存など、非常に複雑な関係性、バランス感覚を見ることができる。

それを象徴する回が、シーズン1-6「フライドチキンの背負うもの」だろう。フライドチキンは、アメリカ南部発祥の料理だが、今やファストフード店やレストランなど、あらゆる場所で食べられる人気メニューとなって久しい。しかしこの料理は、かつてアメリカの黒人奴隷が牛や豚を飼育することを許されず、唯一許可された家畜である鶏で作ったご馳走としてのルーツがある。そこから「フライドチキン=黒人」というイメージが生まれ、それが漫画やテレビCMなどによって広まることで、人々の中に完全に定着するに至った。

常連メンバーの1人、アーティストのデイブ・チェと「どこのファストフード・チェーンのフライドチキンがうまいか」をめぐり、上海でストリート討論会が勃発/Netflixオリジナルシリーズ「アグリー・デリシャス: 極上の”食”物語」独占配信中

「フライドチキン=黒人」というステレオタイプは、差別的な視点である。しかし、当事者である黒人にとっては、その料理を自分たちがここまで育ててきたという自負や矜持もある。その立場からすれば、「フライドチキンで商売をする白人」は、ラップする白人のような「文化の搾取者」にも映るだろう。と同時に、フライドチキンを作る白人料理人の中には、他文化と先人へのリスペクトを忘れない人たちがたくさんいることも、この番組は教えてくれる。そこにあるのは、食を介した相互理解という非常にポジティブな可能性だ。

見る者を飽きさせない演出、ゲスト&スタッフ

こうした一筋縄ではいかない食文化というテーマを、時に真面目に、時にポップかつふざけた演出を交えながら考察するのが「アグリー・デリシャス」の魅力だ。皮肉たっぷりのアニメーションが流れたかと思えば、出演者ら自らが演じる寸劇もあり、名曲の替え歌が流れたかと思えば、某有名チェーン店のジャンクフードをディスりまくるコーナーもあり、見る者を飽きさせない。デイビッド・チャンが日本に滞在経験があることもあり、中目黒、品川、旧築地市場など、東京ロケがたくさんあるのも楽しい。

旧築地市場にて。エビ仲卸人に、クルマエビの天然モノと養殖モノの違いについてレクチャーを受けるデイビッド・チャン/Netflixオリジナルシリーズ「アグリー・デリシャス: 極上の”食”物語」独占配信中

また、登場するゲストも豪華。例えば、シーズン1-5「奥深いバーベキューの世界」には、ドラマ「ウォーキング・デッド」シリーズのグレン役でおなじみ、韓国系アメリカ人俳優のスティーヴン・ユァンが登場。食卓を共に囲むアジア系の面々に、同作で演じた白人とのラブシーンを「歴史的瞬間!」といじられるくだりは必見だ。この一見ふざけた会話も、食文化の問題を論じる上でいいアクセントになっている。

あるいは音楽ファンなら、エンドクレジットに登場するマニー・マークの名前にも「お!」となるに違いない。ビースティー・ボーイズの4人目のメンバーと呼ばれたキーボーディスト・音楽プロデューサーである彼は、日系アメリカ人とメキシコ系アメリカ人の両親を持つ。この出自は、まさに番組のテーマ的にもドンピシャだろう。BGMが格好いいのも納得だ

先だって放送が始まったシーズン2では、父となるデイビッド・チャンに「子どもと食」という視点が芽生える新展開があったりと、今後が楽しみな出だしだったが、どうやらこれにてシリーズ完結となるようだ。残念だが、さまざまなゲストと食べ歩き旅行を繰り広げる新シリーズ「デイビッド・チャンの世界を食べつくせ!」(現在シーズン1)が同じくNetflixで2019年にスタートしているので、引き続き注目していきたい。

「アグリー・デリシャス: 極上の”食”物語」2シーズン
出演:デイビッド・チャン、ピーター・ミーハン

ライター・編集者。「生活と想像力」をめぐる“ある種の”ライフスタイル・マガジン「生活考察」編集人。文芸・カルチャー・ビジネス系の媒体を中心にいろいろと執筆。
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