インドのリアルを映し出すNetflix映画「ザ・ホワイトタイガー」サクセスストーリーなのに痛快さはかけらもない
●熱烈鑑賞Netflix 62
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第93回アカデミー賞(2021年)脚色賞にノミネートされているNetflixオリジナル映画「ザ・ホワイトタイガー」。イギリスで最も有名な文学賞「ブッカー賞」を受賞したベストセラー小説『グローバリズム出づる処の殺人者より』(アディガ,アラヴィンド)が原作で、インドのカーストや貧富の差の実情をリアルに描いた社会派な作品だ。
カーストや貧富の差などと言っても、ストーリーは至ってシンプルだ。貧乏な村の貧乏な青年・バルラムが、大地主の次男・アショクの運転手兼使用人として雇ってもらうことに成功。そこからとある大罪を犯し、企業家になるまでのサクセスストーリーだ。しかし、そこには痛快さのかけらもない。
本当に全てエキストラなのだろうか
「白人は落ち目、これからは茶色や黄色の時代」
インドとアメリカの合作。上記の強烈なセリフの通り、出てくるのはほとんど褐色の肌のインド人ばかり。撮影地もほとんどインドで、スラムの映像がとにかくリアルだ。あのスラムで生活していた大量のインド人たちは本当に全てエキストラなのだろうか。ドキュメンタリー映像の中で役者たちが演技をしている、そんな風に見えたりもする。
精神的に追い詰められたバルラムが、解放されたいがためにスラムで局部を露出するシーンがあるのだが、スラムからはでっかいビルがドドンと立ち並んでいるのが見える。なんの説明もしなくても、貧富の差がわかりやすく伝わる。それがインドのリアルなのだろう。
「光の国」と呼ばれるインドは一切なく、描かれるのは「闇」の部分ばかりだ。バルラムはたびたび「檻の中の鶏」と自分たちのことを表現している。
遺伝子レベルで刻まれた生き方
スラムもリアルなら、バルラムの使用人としての立場も生々しい。トイレの芳香剤以下の収入で働かされるバルラムは、少しのミスで頭を殴られる悲惨な日々を送っていた。だが、一番悲惨なのはバルラム自身がそれを悲惨と思っていないことだ。
貧村での生活よりよっぽどマシなのだろう。バルラムは「人に仕えることが願い」と信じ込んでいた。カーストが上の人間はいつまで経っても上だし、下の人間はいつまで経っても下。それが遺伝子レベルで刻まれていて、ただただ普通のこと。下克上なんてものはない。
家主とその長男はバルラムをよくこづいたが、アメリカ留学帰りのアショクと妻のピンキーはバルラムを人として扱った。特にアショクは、家族に内緒でバルラムとタバコやテレビゲームに興じ、まるで思春期の学生のような遊び方。さらにピンキーは、使用人として満足するバルラムに自立するよう促していた。
日に日に深まる3人の関係。しかし、そんなある日、ピンキーが運転する車が子供を轢いてしまう。動揺するピンキーとアショクを慰めるバルラムは、こともあろうに「主人の役に立てて嬉しい」と笑みをこぼしていた。どんな時でも使用人なのだ。
だが、3人の関係は一変する。地主一家がバルラムが子供を轢いたことにして、自白状を用意したのだ。アショクもピンキーも反対するが、立場は弱く、バルラムを助けてやることはできない。
結果的にひき逃げ事件は明るみに出ることはなく、バルラムが逮捕されることはなかった。しかし、これがきっかけでバルラム、アショク、ピンキーの関係が悪化。貧村に住む祖母の執拗な金の無心も重なり、不安定になったバルラムは、「下」でいることに疑問を抱き、「上」を目指す。
下克上の決意に爽やかさが一片もない
サクセスストーリーの決意の瞬間と言えば、見るものを奮い立たせるようなシーンが多く、そうであるべきでもある。だが、「ザ・ホワイトタイガー」の場合は、どうしてもネガティブになる。
金持ちや成功者など、「夢」を目指すのではなく、原動力は「現状から抜け出したい」の一点のみ。この後バルラムは大金を手に入れるためにとある人物を殺してしまうのだが、どう見ても殺す必要はなかった。どうせ一か八かなら、盗むだけでも一緒のはずだ。
殺しの理由は、遺恨なのか羨望なのかはわからない。いや、そんなことは関係なく、自分より「上」の者を殺すこと自体が目的だったのかもしれない。「上」を殺すことで、自分の中でカーストを壊したかったのかもしれない。
大金を手にしたバルラムは、タクシー会社を設立する。貧困にあえぐ者にも手を差し伸べる良い会社だ。だが、「檻の中の鶏」を脱したバルラムが幸せなのかどうかはちょっとわからない。
『ザ・ホワイトタイガー』
監督・脚本:ラミン・バーラニ
出演:アダーシュ・ゴーラヴ、ラージクマール・ラーオ、プリヤンカー・チョープラ、マヘーシュ・マンジュレーカル、ビジェイ・モーリャ
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