震度3に耐えうるケーキ? Netflix『ベイキング・インポッシブル』で協力のたいせつさと多様性を知る
●熱烈鑑賞Netflix 91
スイーツで作った船、プールを渡りきる
料理対決番組に、なぜ私たちはあんなにエキサイトしてしまうのだろう。手際の鮮やかさ、できあがった料理の美しさ、時間制限からくる緊迫感、さまざまな要素が絡まりあい、つい観てしまう魅力がある。古くは『料理の鉄人』。芸能人が挑む『愛のエプロン』なんてのもあった。Netflixには、初心者たちが失敗にめげずスイーツ作りに挑む『パーフェクト・スイーツ』という番組もある。
『ベイキング・インポッシブル』は、ベイカー(ケーキ職人)がエンジニアとタッグを組み、”味と耐久性を兼ね備えたスイーツを作る”対決番組。つまり、『料理の鉄人』+『ロボコン』とでも言えばいいだろうか。課題の頓狂さには『魔改造の夜』を思い出したりもする。とにかく参加ペアが課題に合わせ、スイーツでさまざまな造形物を作っていくシリーズだ。
この造形物が、想像を超えてとんでもない。なにしろ第1回の課題からして「船」なのだ。初対面のケーキ職人とエンジニアが力を合わせて、10時間ほどで水に浮かぶスイーツを作らなければならない。しかもただ浮くだけではだめで、スタジオに用意された6メートルのプールを45秒以内に渡りきる必要がある。つまりスイーツの中にモーターと舵を仕込む。もうむちゃくちゃなのだ。
それでもペアで「風速7ノットなら帆は2枚必要」とか「水に浮かべるにはライスシリアスのチョコがけよ」とか言い合いながら、みんなが見事なスイーツの船を作り上げる。でも視聴者としては、挑戦する9組が両手でも抱えきれないサイズの船を着水させるたびに「どういうことなの……」と新鮮に困惑する。
震度3に耐えるキャンディの接着剤
回を重ねていくと、このスイーツの船づくりが頓狂さでいったらまだまだ序の口だったことがわかる。障害コースを走り抜けるロボット。ループ・ゴールドバーグマシン(いわゆるピタゴラ装置)。ミニパターゴルフのコースを作る回には改めて度肝を抜かれた。その次の回「スイーツの服でファッションショー」に安心したほどだ。
審査は天体物理学者が工学部分を、ハーバード大卒の人気菓子職人がケーキを担う。航空宇宙エンジニアでイギリスの人気料理対決番組『イングリッシュ・ベイクオフ』にも出演していたアンドリュー・スミスは審査委員長とでもいえばいいだろうか。
彼はベイキング+エンジニアリング="ベーキニアリング"という言葉の発案者なのだが、その思想が回を追うごとに参加者にどんどん浸透していくのがおもしろい。スイーツの高層ビルで震度3の耐震実験させる回では(書いていても思うがどういうこと?)、参加者が次々にキャンディを溶かしたオリジナルの接着剤を開発したり、ラーメンを砕いてチョコレートの硬い壁を生み出したりする。時間制限があるから、エンジニアもメカだけを担当するのではなく、ケーキ職人と一緒になってスイーツ作りをしていく。
造形物だけが全てではなく、それぞれの課題でちゃんとしたケーキを作ることも要求されている(たとえばロボットの中にケーキが仕込まれていたり、ループ・ゴールドバーグマシンのゴールでケーキが登場したり)。そこできちんとケーキ職人の技術が観られるところが意外とうれしい。課題がぶっ飛んでいるこの番組の中で、味わいの組み合わせ、食感のバランス、素材の面白さなど、このケーキ講評だけは至極真っ当なのがすがすがしく、見応えがある。
当たり前のようにそこにある多様性
対決の合間には参加者のプロフィールが挟み込まれるが、国籍も出自もさまざまで、あたり前のように多様な人たちが集う。同性婚をしているエンジニア、失読症のケーキ職人。それがことさら強調されることもなく紹介されていく。ファッションショー対決の回で、耳の聞こえない妹を楽しませたいと機械の生物を本物のようになめらかに動かすアノマトロニクスを極めた男性のペアがそれを活かして勝利を獲得したのには心動かされた。ちなみに、これもとくに何のエクスキューズもなく、エンジニア9人のうち4人は女性だ。
もちろん、エンジニアの設計したメカが動かずケーキ職人が不機嫌になったり、テストをするかしないかでペアがケンカしたりという場面も時折ある。けれど二人が強力しあい、互いの違いを認めあって課題に取り組むシーンのほうが多い。イタリア人のケーキ職人がペルー出身のエンジニアとタッグを組み、回が進んだところで「分業から協力にやり方を変えたんだ」とペルーの果物を取り入れたケーキを作ったところはそのひとつの象徴だ。本来ならば出会う機会さえない相手と一緒に課題に取り組む。結果、それぞれが新たな視点を獲得する姿こそ、『ベイキング・インポッシブル』の面白さだ。
『ベイキング・インポッシブル』
出演:ジャスティン・ウィルマン
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