『ボクたちはみんな大人になれなかった』が醸し出す“懐かしさ”は、小沢健二やラフォーレ原宿だけではない
●熱烈鑑賞Netflix 94
作家・燃え殻による半自伝的小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』が映像化された(NETFLIX全世界配信、シネマート新宿、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺など劇場公開中)。
小沢健二、WAVE、ノストラダムスの大予言……懐かしさが話題になっている作品だが、決してそれは映像や音楽からくるものだけではない。多くの人間が過去に経験した気恥ずかしさ、心地いいのか悪いのか、ギリギリのところをつく共感性羞恥そのものがノスタルジックだ。
90年代ポップカルチャーと森山未來の半生
映像制作会社で働く46歳の佐藤(森山未來)は、惰性で生きていた。自分の仕事に意味を見出せず、彼女(大島優子)を大切にすることもできない。なりたい自分になれなかった佐藤は、ある日、昔付き合っていたかおり(伊藤沙莉)をFacebookで見つけてしまう。
特徴的なのは、ストーリーの構成だ。佐藤の半生が時系列を遡って描かれる。46歳の現在から若かりしあの頃に一気に戻るのではなく、2020年、2011年、2008年、2000年、1999年……と少しずつ少しずつ時代が巻き戻る。
その時々の流行歌が流れ、街行く人々のファッションもその時代を象徴するモノだ。物語の核になるのは1995年だが、多様な時代を生きたかつての若者にとって懐かしく感じられるだろう。例えば連絡手段は、スマートフォン、ガラケー、ポケベル、公衆電話、果ては文通まで登場する。
そんな懐かしい時代とともに、現代の46歳の佐藤が求めているモノの正体、何気ない後輩へのアドバイスの意味、本に挟まっていた絵葉書はどこから来たのか、スーちゃん(SUMIRE)になぜ惹かれたのか、佐藤を形成する“何か”が秘めやかに紐解かれていく。そこには、ポケベルやガラケー以上に懐かしいものがあった。
ヒロインはイタイ女
佐藤とかおりの出会いは雑誌の文通コーナーだった。かおりは他人を「ホント普通だね」と醒めた言葉で蔑み、自分で解釈し切れない尖ったなものやオシャレとされているものを「キテるね」と安易な言葉で片付ける。要するに、個性派ぶっているイタイ女だ。たぶんどの時代にも一定数いるのだろう。
自分のスカートにはフェルトで絵を描いてしまうし、宮沢賢治に関する俗説を持ち出して会話にする。小沢健二だって聞きたがるのはアルバム曲だ。アニメ、音楽、ファッション、ありとあらゆるカルチャーの知識でマウントを取ってくる。そんな普通ではない(ぶっている)かおりの姿が、佐藤にはぶっ刺さったのだ。
かおりはイタイ女ではあるものの、手紙に「私ブスだからガッカリするよ」と書き添えるあたり、普通の女の子だったのだろう。初めてのラブホテルではちゃんと電気を消すなど、ぶっ飛んでいるばかりではない。佐藤はそんなギャップに惹かれた部分もあったのかもしれない。自分には捉えきれないほど大きな存在なのに、たまに少女の顔を覗かせてくる。佐藤がハマるのも無理はない。
懐かしさの正体は、誰もが経験する背伸び
かおりは背伸びを繰り返して望む自分になっていく。佐藤はかおりと釣り合おうと背伸びする。大人になりかけの21歳、2人は理想の自分を追い求めて、互いを求めあう。この背伸びこそが、ノスタルジーの正体なのではないだろうか。
10代なのか20代なのか、それとも現在進行形なのか。きっと誰しも背伸びをしてしまった時期があるはずだ。少しでも理想に近づきたいとした背伸びこそが、気恥ずかしくも楽しかった青春なのだ。きっとそれは、小沢健二やラフォーレ原宿よりも、自分の中に残っている物なのだろう。
しかし、そんな青春を振り返る46歳にとって、「普通」とは呪いの言葉に等しい。なりたいものになれなかった自分、社会と折り合いをつけてしまう自分、一般的で美人な彼女、呪いのせいで全てがつまらなく思えてしまう。
Facebookで見かけたかおりは、結婚して子供を産んでいた。『ボクたちはみんな大人になれなかった』の「たち」に、かおりは含まれているのだろうか。
シネマート新宿、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか大ヒット劇場公開中&NETFLIX全世界配信中!
原作:燃え殻『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮文庫刊)
監督:森義仁 脚本:高田亮
出演:森山未來 伊藤沙莉 萩原聖人 大島優子 東出昌大 SUMIRE 篠原篤
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