傑作青春映画『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』地獄のような他人の中、「背伸び」で自分の半身を見つけ出せ!【熱烈鑑賞Netflix】
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ラブレターの代筆から始まる、複雑な三角関係
今回妻から勧められたのは『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』である。アメリカの田舎町を舞台にした青春映画で、これがなかなか含蓄に富むいい映画なのだ。
主人公は、ロクに遊ぶところもないようなアメリカの田舎町に暮らす中国系の少女エリー。学校では地味な存在ながら成績優秀な彼女は、同級生の宿題を肩代わりすることで小遣いを稼ぐ。そんな噂を聞きつけたのが、アメフト部のポール。彼は美人の同級生アスターに渡すためのラブレターの代筆を、エリーに頼んできたのだ。
宿題ならともかく、恋愛にまつわる文章はムリ……と最初は断ったエリー。しかしポールに押し切られ、やむなくアスターに対して手紙を書くことに。最初は1通だけだったのが、ポールがアスターに対して送るテキストメッセージの代筆やデートの時の会話の相談まで引き受け、いつしかエリーとポールは戦友のような仲に。
しかしエリーの悩みは深くなるばかり。実はエリーは同性愛者であり、中国系ということでいじめられがちな自分に対しても分け隔てなく接してくれるアスターのことが好きだったのだ。さらにアスターはアスターで彼女なりの悩みを抱えており、三者三様のトラブルの種がある中で、3人はどうなってしまうのか……というお話である。
アメリカの高校生たちを描いた青春映画ではあるのだが、彼らの悩みというのは日本人のおれが見ても「キツ〜」と共感できるものばかり。エリーは「見た目が中国人」「家が貧乏」「ガリ勉」といういじめられっ子的ポジションに収まりがちな特徴を持ちながら、一方では繊細なラブレターを書ける上に音楽のセンスがあり、父親を心配する優しさも持っている。さらに、田舎町では物議を呼ぶに違いない「同性愛者である」という点を、ひた隠しにして生活している。
ポールにしても、キャラクター的には一言で言えば「バカのジョック(アメリカの高校で最上位に位置すると言われる、典型的な運動部員)」なのだが、内心では彼なりに真面目に恋に悩んでいる。アメフト部員だがレギュラーでもなく、しかも所属しているアメフト部は弱い。そんな中で意外にちゃんと将来のことを考えてて料理人として食っていこうとしているし、エリーが気づかないような感情の機微にサッと気づき、エリーをいじめる連中にマジギレするなど優しいところもある。
アスターも複雑だ。一言で言えば「ハイスクールのアイドル」であり、みんなが友達になりたがるような美人である。親公認のかっこいいボーイフレンドもいる。しかし、彼女は詩や映画や美術を愛する感受性を持っており、その点について田舎町の高校では誰とも話が通じないことに苛立っている。皆「美人である」という点にばかり目がいって、実際の彼女とフラットに話してくれないのだ。だからこそ、アスターはエリーが書いた「内容のあるラブレター」に好感を抱く。
エリーもポールもアスターも、自分という人間をとにかく型にはめようとしてくる周囲の圧力を感じ、それぞれなんだかしっくりこない気持ちを持っている。かといって、彼らはまだ高校生である。反抗するにも手段が少ないし、街を出るのもすぐには不可能……。『ハーフ・オブ・イット』の作中ではサルトルの「地獄とは他人である」という言葉が何度も引用されるが、まさに他人が自分の内面をまともに理解してくれず、それを表明する手段もないというキツさを、この映画はユーモアを交えて表現している。
だからこそ、「この人は自分を理解してくれた!」という時の喜びもまた深い。『ハーフ・オブ・イット』のタイトルは「自分と分かたれたもう一人の自分のように、しっくりくる相手」という意味だと映画の冒頭で語られる。地獄のような他人たちの中に、まさに自分の半身のような存在が紛れている……そんな事実と高校生たちがどうやって折り合いをつけていくのかを、『ハーフ・オブ・イット』は丁寧に描く。
「背伸び」の力は、案外重要なのだ
それにしても、この映画でおれがグッときたのは、田舎の高校生の背伸び具合だ。特にポールの背伸びは素晴らしい。なんせ代筆でアスターにラブレターを書いたエリーの方が、映画や小説の話で盛り上がっちゃってるのである。アメフトとタコスのことくらいしか考えていなかったポールにとって、いきなりそんな話題についていくのは難しい。
しかしポールは諦めない。アスターに直接会った時に話題になるよう、今までロクに活字を読んだことがなかったのにも関わらずカズオ・イシグロの『日の名残り』なんかを読んじゃうのである。エリーも「え、アレを読んだの!?」と驚きつつ、「アンタには無理だよ」とは言わないのが微笑ましい。そのエリーにしたって「自分にはそういうのはちょっと……」と思いながら、実は自分の作詞作曲した曲をちょっとずつ書き溜めている。「自分には無理だろう」「やってみたところで理解できないかもしれない」とは思いながらも、それでも彼らはちょっとずつ背伸びをする。
そこからどのような変化があってどう話が転んでいくかは、是非とも本編を見ていただきたい。とにかく「背伸びをする」ということが、理解できない他者だらけの地獄のような田舎でどれだけ大事なことか、この映画は言葉を尽くして(でもウザくならない絶妙なバランスで)語りかけてくる。劇中ではポールの背伸びが滑ったり、そのフォローのためにエリーが必死になったり……というのがギャグっぽいシーンになっているが、なんせポールが根はいい奴なのがわかっているので、見ている方も「が、頑張れ……!」と力が入る。
この高校生特有の背伸び具合、身に覚えのある人もいるのではないだろうか。というかこういう背伸び、おれもやったことがある。ちゃんと意味もわからないのにやたらと一曲が長いテクノを頑張って聞いたり、昔のSF小説を読んだり古本屋に通ったりして、必死になって身の丈に合わないものを摂取しようとしていた。住んでいたのも『ハーフ・オブ・イット』並みの田舎だったし、エリーやアスターと同程度には周りの同級生に対して違和感があった。見ていて身につまされることばかりである。
思えば、ああいう背伸びをここしばらくやっていない。が、3人がなんとか映画の終わりまでに結論を出すことができたのは、背伸びとそれに伴って変化した人間関係のおかげであり、その効能はなかなかバカにできないものだろう。高校生も頑張ってるんだし、ちょっと読むのをためらうような難しげな本も、たまにはポールみたいに読んでみた方がいいのかもと、見終わった後にしみじみ思ったのだった。
「ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから」
監督:アリス・ウー
出演:リーア・ルイス ダニエル・ディーマー アレクシス・レミール ウォルフガング・ノヴォグラッツ ほか
https://youtu.be/ALAewF-Qfso
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