愛と怒りのハイテンポラブコメディ!Netflix『このエリアのクレイジーX』で感情のちからを信じてみる
●熱烈鑑賞Netflix 77
感情が抑えられない男女が隣人だったら
すべての「怒り」は悪だろうか。書店で、アンガーマネジメントや怒らない技術についての本が平積みにされているのを見るたび、そんなことを考える。
Netflixで配信中の韓国ドラマ『このエリアのクレイジーX』は、「怒り」が止められないクレイジーな警察官、ノ・フィオ(チョン・ウ)と、彼と同じ精神科に通う女性、イ・ミンギョン(オ・ヨンソ)とのラブコメディ作品だ。
フィオは犯罪者を許せないあまり怒りが抑えられずに、麻薬捜査事件で大きな失敗を犯してしまう。そのせいで停職処分となり、憤怒調節障害(怒りによって自分の行動が制御できなくなる症状)の治療のため精神科に通院している。ミンギョンは、元恋人のデートDVなどからくる被害妄想や強迫性障害を患い、フィオと同じ精神科に通っている。そして、フィオとミンギョンはたまたま同じマンションの隣の部屋に住んでいた。
同じ精神科に通い、同じマンションの隣の部屋に住むふたり。当然、すれ違ったり顔を合わせたりすることも多く、ミンギョンはフィオが自分を監視しているのでは、と疑いだす。まったくそんなつもりのないフィオのほうは、ミンギョンへの怒りに悩まされる。ところがある日、ミンギョンが犬のホウィ(韓国語で「護衛」の意味)を拾ったことをきっかけに、ふたりの関係も少しずつ変化していく。
フィオ役のチョン・ウは、ドラマ「応答せよ」シリーズ『応答せよ1994』の主人公・スレギを演じて人気に。スレギは韓国語で「ゴミ」という意味だが、その言葉の印象まで変えてしまうほどの好演だった。
ミンギョン役のオ・ヨンソは、ドラマ『オ・ジャリョンが行く!』や『私はチャン・ボリ!』などで韓国内の演技賞、女優賞を取ってきた実力ある俳優だ。
ことあるごとに怒りまくるチョン・ウと、泣いたり叫んだりとやりたい放題のオ・ヨンソ。本作では、それぞれの病気に悩み生きづらくなりながらも、その生きづらさゆえに感情を大爆発させるふたりの演技が大きな魅力になっている。
怒り、暴力、「男らしさ」の対比を描く
憤怒調整障害のフィオと強迫性障害のミンギョンは、周囲のひとたちから見るとタイトルのとおりクレイジーなふたり。しかし、ふたりの住むマンションには、過剰におせっかいな婦人会会長や、インターネットに誹謗中傷を書き込んでしまう主婦、夫に隠れて大酒を飲んでいる主婦、昼は男性装で夜は女性装のイケメンプログラマーなど、一見普通でも実はクレイジーなひとびとが暮らしている。彼らがお互いを誤解し、けんかし、そして和解しながら日々が過ぎていく様子を見ていると、どんなひとにもチャーミングな面があるんだなあと、自然と感じられてくる。そしてそれは、見ているわたし自身もそうなんじゃないか、と少しだけ肯定されたような気分にもなる。クレイジーであり、あたたかいドラマでもあるのだ。
そんなあたたかさの一方で、シリアスな問題も浮かんでくる。フィオの「怒り」による暴力性のことだ。
過去に、警察官として麻薬売買の犯人を追いかけていたフィオは、指示を無視して怒りに任せて犯人を逮捕しようとし、後輩に大怪我を負わせてしまった。そのせいで停職、療養しているフィオだが、なかなか怒りが抑えられずに大声を出してしまったり、暴力的な行動をしてしまったりする。
ミンギョンは、既婚者のイ・ソノ(イム・ナムヒ)と不倫をしていた過去を持っている。別れたいと申し出ると、ソノはミンギョンを殴り、引きずりまわした。彼女のプライベートな動画を公開すると言い、リベンジポルノといえる脅しまでかけてくる。
ミンギョンを挟んで、フィオの怒りによる暴力性と、ソノの支配欲による暴力性が対比されていくのだ。
別れてもミンギョンを追い回すソノに対し、怒りが抑えられないフィオはソノをボコボコに殴ってしまう。彼女を守り、感謝される可能性も考えたであろうフィオ。しかし、ミンギョンは顔をこわばらせる。
フィオ「ヤツはお前を苦しめた」
ミンギョン「あなたも同類よ」
近年のフェミニズムで話題の言葉でいうと、「有害な男らしさ」同士の対比とも言える。DV加害者であり反省のないソノとは違い、フィオは怒りや暴力性などの男らしさに向き合う機会がある。それが、ミンギョンと出会った精神科でのカウンセリングだ。「怒りの原因は自分の中にある」と自覚したフィオが、怒りの感情はそのままに行動を変えていく。
わたしたちはクレイジーで生きづらい隣人を愛せるか?
さて、全13話の本作中、第7話でフィオはこんなことをつぶやく。
フィオ「仏教では“簡単に縁を結ぶな”と言うのに……」
これは、警戒し合っていたミンギョンに、心配や親しみの感情が芽生えてきたときの言葉だ。キリスト教徒の多い韓国の視聴者なら、反語的に、このセリフに対して聖書の一節を思い浮かべるのではないだろうか。「隣人を自分のように愛しなさい」。まさに、隣同士の部屋に住むフィオとミンギョンに宛てた言葉かのように感じる。
フィオとミンギョンに限らず、マンションの誰もが怒りや怯え、警戒心を持って暮らしている。「クレイジーな他人」という認識が、人格を持った「隣人」に変化していく過程で愛や情が芽生えていく。自分を信じてほしい、とフィオは繰り返しミンギョンに伝える。ときに彼女に怒りながら、ときにそんな自分に対しても怒りながら。コロナ禍などの影響で他者との関わりが減ったり、インターネットなどでのひとの分断に疲れたりしているいまこそ、このドラマを信じてみたいと思える。
1話あたり36分という、短くてテンポの良い作品だ。軽い気持ちで、でも、生きづらい誰かや自分に少しだけ思いを馳せながら見てほしい、怒りと愛のドラマである。
『このエリアのクレイジーX』
出演:チョンウ、オ・ヨンソ、ペク・ジウォン
原作・制作:イ・テゴン(「インス大妃」「恋のドキドキシェアハウス1・2」「検事ラプソディ」)、ア・ギョン
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