オリンピック敗退、全仏オープン辞退、Netflixドキュメンタリー『大坂なおみ』をどう観る?
●熱烈鑑賞Netflix 78
ストーリーは続いていく
オリンピックが開幕する一週間前の7月16日、Netflixオリジナルのドキュメンタリー『大坂なおみ』が配信された。大坂なおみは開会式で聖火リレーの最終ランナーという大役を務めるも、本番では予想外の3回戦敗退している。
「皆様の期待に応えることができずごめんなさい」
試合後、大坂なおみは敗退について謝罪のコメントを出した。シンプルな言葉だが、このドキュメンタリーを観た後だとシャイで素直な彼女らしいと納得できる。「日本代表としてこの大きな舞台に立てたことは私にとって夢のような時間であり、とても誇りに思っています」という部分にも強い意味があったのだろう。
また、大坂は5月の全仏オープンを辞退した際にアスリートのメンタルケアの重要さについて問題提起している。ドキュメンタリーが追ったのはこの少し前までだが、この一連の騒動についての印象も変えてくれた。
今作は2018年からの2年間を追った3部構成のドキュメンタリーで、簡単にいうと1話は「成功編」、2話は「スランプ編」、3話は「復活編」といったところ。こう見るとすごく収まりのいい作品ではあるのだが、後の全仏辞退やオリンピック敗退の謝罪を考えると、24歳とまだまだ若い大坂なおみのストーリーは続いていくのだと感じさせられる。今後の彼女を追いかけるための参考資料というべき作品なのかもしれない。
私は、姉がやりたいことの器だ
2018年、全米オープンで憧れのセリーナ・ウィリアムズを破ってグランドスラム初制覇。大坂は一夜にしてスーパースターとなったのだが、人生の変化に心がついていかなかった。無数のカメラやスマホを向けられる映像は恐ろしくもあり、「荒唐無稽なほどの注目を浴びた」と振り返る言葉は印象強い。初優勝に声を上げて喜ぶのではなく、伏し目がちで遠慮するようにトロフィーを掲げる。
「心を休ませないとって思ってる」
モデルの仕事などもするようになるが、ここでも謙虚な姿勢は崩さない。何事も真面目に向き合う彼女にとっては、スターでいること自体がストレスになっているのかもしれない。
北海道出身の母親とハイチ系アメリカ人の父親のもとに生まれ育った大坂は、3歳の時にアメリカに移住。姉のまりと一緒にテニスをする映像が残されている。家族のために働き詰めの母親を助けるためにテニスでの成功を誓った。
「ロボットのように練習する」
「試合に勝つことが自分の価値。強い選手でなければ私ってなんなの?」
「私は、姉がやりたいことの器だ」
母を思っての美談のようにも見えるが、自分をないがしろにするような発言も目立つ。特に「私は、姉がやりたいことの器だ」という発言は、何かの背景を感じさせる。大坂は、寂しくなるくらいに人のことを考えて生きている。
黒人差別反対運動から、スランプ脱出
「私はベストじゃないと戦えるメンタルを持っていない」
「心と体が別の場所にあった」
2019年、トップに立った大坂にスランプが訪れる。今作のカメラの前だけでなく、報道陣の前でも弱音を吐いていた。適当にやり過ごせばいいのに、どれだけ弱っていても真摯に人と向き合う。彼女の強さなのだろう。しかし、心の支えでもあった元NBAのスタープレイヤーであるコービー・ブライアントの死もあって、なかなか暗闇を抜け出せない。
オリンピック出場について大坂は、アメリカの市民権を放棄して当然のように日本代表を選んだ。これが「大坂なおみの黒人性は失われた」とアメリカで物議を醸した。14歳から日本人としてプレーし、母のためにテニスをする大坂にとっては当たり前の選択だったにもかかわらずだ。
そんな中、白人警官に黒人男性が殺された事件をきっかけに、人種差別を訴えるBlack Lives Matter運動が起きる。今まで「議論を呼んではいけない」「黙っておけば問題ない」と自己主張をしなかった大坂に、心の変化が訪れた。
「試合の危険が最も議論を呼べるなら……」
直後に行われたウエスタン&サザンオープンの準決勝をボイコット。テニス界では唯一だった。その翌月に行われた全米オープンで大坂は、警察などの暴力に巻き込まれて命を失った黒人の名前をプリントしたマスクを試合毎に着用し、Black Lives Matter運動を支持した。
自分ひとりで決め、自分ひとりで行動した大坂は、吹っ切れたのかプレーでも勢いを取り戻す。2年ぶりの2度目の優勝を果たしたことで、用意していた7枚のマスク全てを披露することに成功。気付いたら、スランプは終わっていた。大坂は、人のために強くなれる人物なのだ。
この数ヶ月後の全仏オープンで大坂がメディア対応の義務を拒み、非難の声を浴びた。後にアスリートのメンタルケアを訴え、大会を辞退する。大坂の心境にどういう変化が起きたのかはわからない。しかし、大坂の訴えは今後のアスリートのあり方に大きな改革をもたらす気がしてならない。
『大坂なおみ』
監督:ギャレット・ブラッドリー
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