さとゆみ#138 新しい服を買わなくても変われる。明日から変われる。愛に満ち満ちた『おしゃれドリル』
●本という贅沢138 『自分を好きになる! 人生変わる! 山本あきこの日本一楽しいおしゃれドリル』(山本あきこ/主婦の友社)
友人が突然有名人になってしまった経験ありますか?
私はあります。
山本あきこさん。
ファッションスタイリストの彼女の書籍は、日本で今、1、2を争うくらい売れていて、テレビやラジオにも引っ張りだこの人なのです。
彼女とは、かれこれ20年の付き合いになる。
20代の半ばごろ。彼女はスタイリストのアシスタントをしていて、私は駆け出しのライターだった。同じ時期に修行時代を過ごしたこともあり、仕事だけではなくプライベートでもよく遊んだ。
ファッション誌には、様々なページがある。
スタイリストさんにとって花形の仕事といえば、表紙のコーディネートや、モデルと撮影する特集ページ、自分の名前が冠につくスタイリング提案ページなど。
一方、私が担当する美容ページは、スタイリストさんにあまり人気がないページだった。
美容ページは上半身だけのコーディネートが多い。服がほとんど写らない時すらある。アパレルブランドも美容ページにはあまり服を貸したがらないから、物理的にリース先を見つけるのも大変だ。プロではない読者さんがモデルの場合も多いから、サイズ感や体型カバーなどにも気を使う。
そんな、スタイリストさん的には大変なはずのページを、嫌な顔ひとつせず楽しそうに引き受けてくれるのが、山本さんだった。
プロモデルではない読者だからこそ、服ひとつで急にあか抜けたり、美しく見えたりする。機械的に服を割り当てるスタイリストさんもいるなか、山本さんは、一人ひとりの骨格や顔立ちをじっくり見て、服を選んでくれた。
着替えを終えた読者さんを見ると、山本さんの顔はいつもぱっと輝く。
「すごくいい! 超、可愛い!」
山本さんにそう言われた読者モデルの人たちは、そのポジティブな言葉のエネルギーも一緒にまとって写真にうつってくれた。
綺麗なタレントさんやモデルさんを、より輝かせるコーディネートがある。女性の憧れを掻き立てるような強いコーディネートだ。
一方で、コンプレックスを上手に隠したり、普通の人を「その人史上一番可愛く綺麗に見せる」ような、心優しいコーディネートがある。
後者の仕事において、私がもっとも信頼していたスタイリストさんが、山本さんだった。
そんな彼女に、相談したいことがあると言われたのは、お互い30代後半に入ったころだったろうか。
待ち合わせをした銀座のカフェで、彼女は
「私、パーソナルスタイリングを始めようと思うんです」
と、言った。
なんでも、顧客の家まで行ってクローゼットの中身をひっくり返し、ショッピングにも同行して、本人の私物でコーディネートを組んであげる仕事だという。
「私、読者の人たちのコーディネートをするのがすごく好きだったんですよね。もっと一般の方々に、ファッションの楽しさを知ってもらえる仕事をしたいなと思って」
と、彼女は言う。
すごく“らしい”選択だな、と思った。
彼女にとっても顧客にとっても幸せな素敵な仕事だと思う頭の片隅で、
山本さんはもうファッション誌を諦めてしまったのだろうか? と、一瞬思った。
当時の私はこれからのキャリアについて考えていた。中堅と言われる年齢の私たち。下から次々とフレッシュな若手が突き上げてくる。いつまで仕事がもらえるかわからない。ベテランと言われる歳までファッション誌で生き残れるだろうか。そんなことを考えていた時期だ。
「雑誌の仕事を辞めるわけじゃないですよー」
と山本さんは言ったけれど、私は彼女の決意を、少し複雑な想いで聞いていた。
今なら、わかる。
私の中にどこか、「ファッション誌の仕事の方が上」という、おごった感覚があったのだと思う。
彼女のパーソナルスタイリングは、あっというまに予約がとれなくなった。
年齢を問わず好評らしい。というか、私自身も彼女にスタイリングしてもらうようになって、毎日の服選びが、がらっと変わった。
ファッション誌で働いていたはずなのに、服の着こなしにはいろんなルールがあることを、私は彼女に教えてもらって初めて知った。
ほんのちょっと袖をまくって襟を立てるだけで細く見えることを知ったし、普段選ぶのとは違うほうの靴やバッグを組み合わせるだけで突然それっぽく見えることを教えてもらった。
「センスは持って生まれたものではない。鍛えることができる」
これは山本さんの口癖だし、ポリシーである。
ファッション誌に携わるスタイリストさんは数多くいれども、このことを、リアルに実践して人の人生を変えることができる人は数えるほどしかいないだろう。
実際のところ、山本さんが書籍を発売し大ベストセラーになったとき、編集部のコーディネートルームでこんなことを言っている人がいた。
「ねえ、あの本、どうしてあんなに売れてるの? 当たり前のことしか書いてないじゃんね?」
私たちよりも歳上のスタイリストさんの声だった。
その場にいた私は反論したい気持ちになったけれど、
「ああ、この人たちには、一般の人たちがファッションのどこにつまずいているのか、わからないんだな。一般の人たちが、山本さんのアドバイスで、どれほど人生が変わるか想像できないんだな」
と、思った。
私たちが、山本さんにコーディネートしてもらって、泣きたいくらい嬉しい気持ちになっていることを、モデルやタレントばかり担当しているこの人たちには、きっと一生わからないだろうな。
山本さんの本を読むと、毎朝服を選ぶ時間が楽しくなる。出かけるのが楽しくなる。そんな時間が増えることは、人生そのものを豊かにしてくれる。
自分を好きになれる時間が増えれば、自分に自信も持てるようになる。親でも親戚でもないのに、山本さんは見ず知らずの私たちの自己肯定感まであげてくれるのだ。
こんなの、誰にもできる仕事じゃない!! 山本さんは、ファッション誌に携わるだけでは届かない人たちにも、ファッションの力を届けてくれたんだ。
そんな山本さんの新刊です。
『自分を好きになる! 人生変わる! 山本あきこの日本一楽しいおしゃれドリル』
コロナで外出やショッピングすらままならない日々も、今ある服だけで、こんなふうに楽しく過ごせるんだという、幸せなアドバイスに満ちあふれた本だった。
山本さんはすごく有名になってしまったけれど、中身は1ミリも変わらず私たちの味方でいてくれる。いつも以上に、彼女を身近に感じる。
本を読んでいると、「すごくいい! 超、可愛い!」と、いつも読者を笑顔にしてくれていた山本さんとの撮影現場を思い出した。
あれは、本当にあったかい、素敵な現場だったな。
そんな、私が大好きだった山本さんの魔法の現場を。
ぜひ、みなさんにも体験してほしいと思って書きました。
それではまた、水曜日に。
●佐藤友美さんの新刊『女は、髪と、生きていく』が発売中です!
『女は、髪と、生きていく』
著:佐藤友美
発行:幻冬舎
telling, の本の連載でもおなじみ、ヘアライターとして20年近く活躍されてきた佐藤友美さんの新刊が発売になりました。 ファッションより、メイクより、人生を変えるのは「髪」だった! 本当に似合う髪型を探すためのヒント満載の1冊です。
佐藤友美さんのコラム「本という贅沢」のバックナンバーはこちらです。
・病むことと病まないことの差。ほんの1ミリくらいだったりする(村上春樹/講談社/『ノルウェイの森』)
・デブには幸せデブと不幸デブがある。不幸なデブはここに全員集合整列敬礼!(テキーラ村上/KADOKAWA/『痩せない豚は幻想を捨てろ』)
・人と比べないから楽になれる。自己肯定感クライシスに「髪型」でひとつの解を(佐藤友美/幻冬舎/『女は、髪と、生きていく』)