本という贅沢『それでも俺は、妻としたい』(足立紳/新潮社)

さとゆみ#123 愛とかエロとかレスとか、その次元じゃない。『それでも俺は、妻としたい』の破壊力

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。今回は佐藤友美(さとゆみ)さんが衝撃を受け、紹介せざるを得なかった実話をもとにした小説です。しかも著者には思わぬ後日談もあり・・・。さとゆみさんが、複雑な思いを吐露します。

●本という贅沢123 『それでも俺は、妻としたい』(足立紳/新潮社)

『それでも俺は、妻としたい』(足立紳/新潮社)

みなさま、ごきげんよう。
抜けるような青空。この原稿も麗しく美しい朝に書いているんだけど、久しぶりのエロ語りだよ。
苦手な人は、ここでリターンしてね。お好きな人は、ちょっとお付き合いください。

すごい本、読んだんだ。まあ、聞いてくれ。

わたし、長いこと筋金入りのエロ系漫画の読者で、その筋のランキング上位作品はだいたい一読しているし、傾向対策・予習復習もばっちりなんだけれど、
その中でもここ数年の王道中の王道テーマといえば、レスから始まる夫婦の物語、レスから始まる不倫物語、レスから始まる人間物語だったりするんです。

このジャンルは、「出会って3ページで合体」的なエロど真ん中漫画と一線を画していて、主人公の葛藤やら、人生の悲哀やらが、ざぶざぶと盛り込まれていて、ある種の文学作品の様相を呈しております。
たとえば「めちゃコミック」の分類で言うと、表紙もタイトルもきわどいTL漫画じゃなくて、女性漫画のほうに分類されるジャンルといえば、わかる人にはわかるだろう。

レステーマの名作漫画というと『あなたがしてくれなくても』や、『それでも愛を誓いますか』など、切ない物語が多数ある。男性誌で連載されているものなら、『1122』もそうだし、コミックエッセイだと、『今日も拒まれてます』も。

だけど、私が基本、女性向けの漫画偏重で読んでいるせいか、レス状況下における男性目線の赤裸々な告白や、男性の赤裸々な性衝動みたいなものは、いまいちぼんやりしていて、よくわからないなあって感じてた。女性のソレにくらべて、解像度が低い。

これじゃあかん。と、思ったね。
私のエロ漫画道、これじゃ手落ちだと思ったね。
女の問題は、同時に男の問題でもあるでしょ。
レスは一人にして成らず。

なので、そのあたりを男性目線でリアルに描いているもの、ないかなーって思いながら書店さんをぶらぶらしていたら、漫画じゃないけど、見つけちゃったのが、これ。

『それでも俺は、妻としたい』

タイトルがすごいんだけれどね、帯がね、これね、またすさまじくてね。「同情するなら させてくれ」なんですよ。
しかも、「ほぼ実録」とある。

『それでも俺は、妻としたい』(足立紳/新潮社)

きわめつけ、推薦(?)コメントが、脚本家の野木亜紀子さんだった。野木さんといえば「逃げ恥」や「アンナチュラル」「miu404」の脚本家さん。好き。
この方が推薦してるんだから間違いないだろうって思って、お買い上げして何の前情報もなしに読み進めたんですけれど、ね。

いや〜。
ほんと、クズだった。
妻とレスになる主人公の男。心の底から、こいつ本当に、クズな男だなあって思えた。

脚本家になる夢を諦められず、今は年収50万円だけれど、妻に養ってもらいながらニートをしている主人公。このあたりまでは、全然いい。個人的にはちょっと海馬に響いて痛いところがあるけれど、全然いい。

だけど話はどんどん歪んでいって、

売れたいくせに書かないくせにプライドは高くてやればできるんですと思いながら、自分ができないのは親のせいだと責任転嫁し他の保育園ママの裸を想像して妻をブタと心の中で毒づきながらもお願いしますやらせてくださいと土下座するあたりにいたって。

うわあ、すごいクズ、と思った。
いや、そのあたりもまだ全然よかったか。これ、まだ序盤で、中盤から崖っぷちを転がり落ちるがごとく、もっとクズofクズになっていくんだよな。

だけど。
なんだけど。
いや、もうどこをどう切り取っても全方向クズ男なんだけれど。
そのクズ男ぶりを、ここまで丸裸に書けてしまうメンタリティと、ジェットコースターに乗せられたがごとく、最後まで一気に読ませてしまう才能だけが、クズじゃない。
その一点だけが、全然クズじゃない。
笑って呆れてまた笑って呆れてしまいに涙も出る。

そして、そんなクズ男を罵り、毒づき、でもときどき、そんなクズに欲情してうっかりしちゃったり、期待しちゃったりする妻にいたっては、才能というか、ある種の天才だと思う。

帯に神々しく降臨した妻の言葉が、燦然と輝いている。

「自分の恥は書く度胸もないくせに妻(私)の恥だけ書きつらねるようなお前なんか地獄に落ちやがれ!」(著者の妻)

レス本だと思って、もしくは赤裸々な性の本だと思って、ひょっとしたら最後はほっこり家族愛みたいな話になるのかと思って読んだのだけれど。

そんな生ぬるい本じゃなかったね。

愛とかエロとかレスとか、そんな言葉を軽く凌駕するような、男の業と創作者の業を煮詰め煎じたような本だった。
にがいしまずい。
でも、それがリアルだ。飲み干したときに自分の喉の形がわかるような、そんなエグい喉越し。しかもちょっと涙も混じる。
こんな複雑な読後感の本は、ないな。

野木さんを信じて読んでよかった。
(あとで知ったのだけれど、野木さんの『さよならロビンソンクルーソー』のモチーフは、この夫妻だったらしい)

万人におすすめするかというと、そうでもないけれど。
ちょっと信じられないくらい、後引きする本であることは、保証します。
多分、一生忘れない。

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ところで、このクズ男の話には後日談があって。

本の中では、クズのまま終わるこの著者なんだけれど。

読み終わったあと、ここまでダメを極めた男の略歴って、どうなのよって思って調べたら、なんとその後(時系列としてはこの物語のあと)、脚本家として日本アカデミー賞を受賞していたし、今年にいたっては映画監督作品まで公開されていた。
この本でも出てくる妻が主人公の映画『喜劇 愛妻物語』。主演の妻役は水川あさみさんで、セックスのことしか考えていない夫役は濱田岳さんだ。

なんだよ。全然クズじゃないじゃんよ。と、裏切られた気持ちになると同時に、そこまで支え続けた妻の器みたいなものにひれ伏したくなる。
いや冷静に考えたらそうだよな。新潮社さんから、本でてるんだもんな……。

著者の顔写真も検索したら、想像の20倍くらいかっこよかった。というか、すっごく好きなタイプの顔だった。
なんかこれも、いたく裏切られたような、複雑な読後感part2。

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それではまた、来週の水曜日に。

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・病むことと病まないことの差。ほんの1ミリくらいだったりする(村上春樹/講談社/『ノルウェイの森』)・デブには幸せデブと不幸デブがある。不幸なデブはここに全員集合整列敬礼!(テキーラ村上/KADOKAWA/『痩せない豚は幻想を捨てろ』)
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年間10冊以上を担当する書籍のライターとして活動。ビジネス書から実用書まで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『道を継ぐ』など。