本という贅沢115 『肉体の学校』(三島由紀夫/ちくま文庫)

恋バナ以上、下ネタ未満。恋の甘美と危機を交換し合って、女は生きていく

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。女友達との恋にまつわるトークは、至極かつ、人生に欠くべからず時間です。改めて気づかせてくれたのは戦後を代表する作家の小説でした。紹介するのは書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんです。 

●本という贅沢115 『肉体の学校』(三島由紀夫/ちくま文庫)

『肉体の学校』(三島由紀夫/ちくま文庫)

telling,で連載をさせてもらうようになって2年半。一番変わったことは、プライベートの女友達が増えたことだ。

それまでも親しい女性はたくさんいたけれど、だいたい「仕事仲間」とか「戦友」という感じで、いつも、企画やら原稿の話やらばかりしていた。同業じゃない友人とも、やはり仕事の話ばかりしていたと思う。

それが、telling,で恋愛について書くようになったとたん、恋と性の話を聞く機会が一気に増えた。
友人に聞いたら、
「さとゆみは、そーゆーの大丈夫な女だって、みんなが認定したんじゃない?」
と、言われた。
そっか。これまで私、恋愛トークを毛嫌いするタイプだと思われていたんだな。

そんなこんなで、40歳すぎて遅ればせながら知ったのだけれど、みんな、めっちゃ恋、してるよね。

私、世の中のほとんど、見えてなかったんじゃね? というくらい、企画立てながら育児しながら、みんな、ちゃんと恋してた。そのアップダウンを露も見せずに日常生活送っていたなんて、すごい。みんな、すごすぎる。

というわけで、恋バナ以上、下ネタ未満の女子トークへの参戦権を得た今、思う。

女は恋をしているときが、一番無防備でエゴイスティックで、つまり生身だ。だから恋をしている時間、私がよく知っているはずの女性たちは、心配になるほど脆くて、でも呆れるほど強くて、信じられないくらい美しい。
彼女たちの恋の話を聞いて、友人たちに、ずいぶん惚れ直した。

「なんか、めっちゃ楽しいですね、こういう時間」

あるとき、私が知る中でも、1、2を争うほどモテる女性にそう伝えたら、彼女はうふふと色っぽく笑った後、「さとゆみさんに、読んでほしい本があるの」と、紹介してくれた。

三島由紀夫さんの『肉体の学校』。

「え? 三島ですか?」
と聞く私に、
「三島の印象、変わるから。めちゃくちゃお洒落な小説だから」
と、彼女は言う。

いやさすが、世紀のモテ女がおすすめする本だけ、あったよ。

久しぶりに、小説を読んで、登場人物と一緒に恋に落ちた。恋に落ちた? いや、恋に落ちたわけじゃないな。でもなんだろう、このずーっとドキドキしっぱなしで、クラクラしっぱなしだった感覚。
本を一冊読む間に、ちゃんと私の中で、ひとつの恋が始まって、終わった。激しい恋すぎて、めっちゃ、疲れた。本を読んでいる間に一年は経った気がするし、まるで自分が恋愛上級者になったような錯覚すらあった。気持ちいいな、この錯覚。

でもね、そんな恋愛サラブレッドの主人公でさえ。恋にのめり込んだ自分を立て直す術が、親友との恋愛トークであることが興味深かったな。
百戦錬磨の女でさえ、女友達の助けがなければ、恋をまっとうできないのだ。三島の時代から、変わらずそうなんだな。こんな上等な女性でもそうなんだな。その事実にちょっと、ほっとする。

どうして三島が、女子だけの間で交わされる秘密の会話に、こんなにも精通しているのかはわからない。
だけど、この小説で交わされる会話は、私たちの間で何度も交わされた会話を、とびきりお洒落に洗練させたものだった。何十年も前に書かれた本とは思えない。今読んでも完全にお洒落だ。これは、憧れる。めちゃくちゃ萌える。

ところで、小説の中でも、現実世界でも。
女子の恋愛トークのおもしろいところは、人の話をいくら聞いても、“自分には一切役立たない”ことだと思う。
仕事だったら先輩の暗黙知を形式化して、自分自身のPDCAに落とし込み、業務改善&生産性向上するところだが、恋愛だと、これがまったく自分の血肉にならない。同じ過ちも恥も、私たちは何度もくり返す。もし、効率だけを考えたら、恋愛女子トークほど生産性の低い時間はないだろう。

だけどやっぱり私たちは、お互いに恋の甘美と危機を交換し合って、安心する。それは、同性同士が、お互いに毛づくろいしているような感覚だ。
ここでみんな、羽を休めて、エネルギーをチャージして、
先のことは考えず、今このピークの瞬間を楽しもうと決めて巣に戻ったり、敗戦秒読みの戦場に決死の覚悟で戻ったり、涙をこらえて名誉の撤退を決めたりする。

この場がなかったら、私たちの恋愛はもっと苦しく困難なものになるだろう。

これからも私たちは、きっと懲りずに恋を始めて恋を終えて、そしてその時間をお互い支え合って、生きていく。

女友達っていいな。
もっと無防備に、恋もしたいな。

って、思う本だよ。
とにかくお洒落だよ。
最近のドラマや小説よりよっぽど、きゅんきゅん、くる。

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この文庫本、前のめりすぎる手書きの帯が最高です。でも、決して過大広告じゃないなって思いました。

『肉体の学校』(三島由紀夫/ちくま文庫)

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それではまた来週水曜日に。

●佐藤友美さんの新刊『女は、髪と、生きていく』が発売中です!

佐藤友美さんのコラム「本という贅沢」のバックナンバーはこちらです。

・恋愛で自分を見失うタイプの皆さん。救世の書がココにありましたよ!(アミール・レイバン、レイチェル・ヘラー/プレジデント社/『異性の心を上手に透視する方法』)・デブには幸せデブと不幸デブがある。不幸なデブはここに全員集合整列敬礼!(テキーラ村上/KADOKAWA/『痩せない豚は幻想を捨てろ』)
・人と比べないから楽になれる。自己肯定感クライシスに「髪型」でひとつの解を(佐藤友美/幻冬舎/『女は、髪と、生きていく』)

年間10冊以上を担当する書籍のライターとして活動。ビジネス書から実用書まで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『道を継ぐ』など。