本という贅沢118 『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(岸田奈美/小学館)

ミュートワード「岸田奈美」を解除したら人生のお守りがひとつ増えた

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。今回は“痛み”に効く超新星の1冊――。効果が抜群だったという書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢118 『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(岸田奈美/小学館)

『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(岸田奈美/小学館)

昨夜のこと。Facebookを開いたら、最初に飛び込んできたのが青山ブックセンターのスーパー書店員、栗原岳夫さんの投稿だった。
「今年読んだ中で上位に来る面白さでした」
栗原さんらしい、ストイックな一行。
紹介されていたのは、岸田奈美さんの『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』。

もちろん、知ってる。
その本、知ってる。

岸田さんは、ある日突然noteに舞い降りてきた彗星で、やたらと長い投稿をするのだけれど、それはもう、ぐいぐいぐいぐい刺さるエッセイばかりで、途中で読むのをやめられない上に爆笑するわ泣かされるわなので、電車の中で読んだり、締め切り前に読んだりするとえらいことになる。

プロフィールには、100文字で済むことを2000文字で伝える作家、と書かれている。
書きたいことがあとからあとから溢れるタイプなんだと思う。最近は2000文字なんて文字数には全然収まってない。芸術がバクハツしてる。

先日も確か、村上春樹さんの『一人称単数』についてどえらい長い感想を書いていらした。
岸田さんの文章を読んでから、自分の文章書こうと思ったら、ハードルが上がりすぎると思って、このコラムで書く前には読まなかった。

書いたあと、目次だけチラ見したけど読まなくてよかった。あんなの読んで、それ以上何かを書こうなんて気にはなれなかっただろう。

さて、この本はそんな彼女の処女作なのだけれど、読み始めたら絶対止まらないだろうし、読んでる最中は確実に泣くだろうし、読み終えたら多分放心してしまうだろうから、仕事が立て込んでるときには無理だなコレ、と思って、あえて避けてきた。
Twitter上には、この本を読んだ熱い感想コメントが、これでもかというくらい並んでいるのだけど、なるべく前情報入れずに時間があるときに読みたいから、Twitterのミュートワードに「岸田奈美」を入れていたくらいだった。

とまあ、私にとってはいわくつきの本なのだけど、昨夜Facebookの投稿を見て「あ、そういえば、この本があった!」と、イチもニもなく、Kindle版を購入した。
というのも、このとき、私、軽く死にかけていたんだ。メンタル的にもフィジカル的にも。

命に別状がないのはわかっているので、死にかけたとか大袈裟なんだけど、わたし持病があって、それがときどき、痛みを伴うのです。
痛みには大中小あって、中レベルだと陣痛くらい痛い。大レベルだと麻酔なしで神経抜かれるくらい痛い。どんなに長くても5〜6時間で終わるんだけど、その最中は痛みに負けて消えたくなる。
私、リアル陣痛の時、あまりの痛さに、広尾病院の病室の窓を開けて飛び降りようとしたんだけど、まぁそんな感じ。

中レベルは年に1、2回。大レベルは、数年に1回やってくる。
その大の降臨が、たまたま昨日だった。

こんなとき、世の中にはもっと切実な痛みと闘ってる人たちもいっぱいいるとか、それに比べれば終わりのある痛みなんだからとか、そういう論理的思考は一切浮かんでこない。脳がほぼ野獣。

痛みと同じくらいに怖いのが、闇に取り込まれる恐怖だ。
一度目を閉じて意識を手放したらもう、戻ってこれないんじゃないか、みたいな錯覚に陥る。
なので、なるべく目を開けている。いつもは、ここぞというドラマを観たり、漫画を読んだりしてやり過ごす。

ただ、昨日に限っていい塩梅のストックがなかった。半沢直樹もMIU404もぶっ通しで観終わったばかりで、鬼滅も新刊出て読み返し終わったばかりだった。
そんなときにアレですよ。そうだ、まだ読んでない岸田さんの本があったじゃないか! って。
あれなら多分、読んでる間は目を閉じないだろうし、痛くても読破するまで死にたくならないんじゃないか。
いまこそ、アレだ。
ミュートしてまで待ってた、アレだ。
降臨! 
ってなったのが、8時間前のことになります。

いやあ、生き延びた、、、
すげえ本だった。
人生の痛みが悲しみが、そのゴツゴツをちゃんと残したまま、でもこちらの手のひらに着地するときにはふわりと優しく着地した。痛いことや悲しいことが、こんなふうにあったかい手触りになって届くなんて、あるんだな。こんなふうに笑いながら泣けることなんてあるんだなあ。
だとしたら、痛いってこともあながち、悪いことじゃないのかもしれない。

この本の中には、編集者の佐渡島庸平さんが
「たくさん傷ついてきた岸田さんだから、だれも傷つけない、笑える優しい文章を書けるんだよ」と言うシーンがある。
だけどもちろん、傷ついてきた人がみな優しくなるわけじゃないし、こんな宝物みたいな文章を書けるわけじゃない。

宝物みたいな文章だったと思う。
人の命を救う、文章だと思う。

2時間半、ぶっ通しで読んだ。
途中めっちゃ痛い時も、目だけはガン開きして、文字を追った。

これもやはり本の中で、岸田さんが写真家の幡野広志さんと対談するシーンがある。
そこで岸田さんは、幡野さんがいれば大丈夫みたいな気持ちになったと書いている(書いていた気がする)。

それと同じような感覚を、私は今、この本や岸田奈美さんという作家さんに感じてるなと思った。
あー、また痛くなったり悩んだり苦しくなったら、ここに来ればいいや。この人の文章を読めるうちは多分、大丈夫だ。
そんなふうに思ったのだ。

年齢を重ねるほど、私たちの人生は、痛みや苦しみ、病気や死別と密接になるだろう。でもそれらを私たちより先に経験した岸田さんは、こうやって泣き笑いしながら、その現実を抱きとめている。そんな文章が存在している。それは、救いだ。

お守りがわりに持ち歩いている痛み止めのように、岸田さんの文章を持ち歩こうと思う。
次の有事にはまた、岸田さんの文章を読もうと思う。

・・・・・・・・・・・・・

それではまた来週水曜日に。

●佐藤友美さんの新刊『女は、髪と、生きていく』が発売中です!

佐藤友美さんのコラム「本という贅沢」のバックナンバーはこちらです。

・病むことと病まないことの差。ほんの1ミリくらいだったりする(村上春樹/講談社/『ノルウェイの森』)・デブには幸せデブと不幸デブがある。不幸なデブはここに全員集合整列敬礼!(テキーラ村上/KADOKAWA/『痩せない豚は幻想を捨てろ』)
・人と比べないから楽になれる。自己肯定感クライシスに「髪型」でひとつの解を(佐藤友美/幻冬舎/『女は、髪と、生きていく』)

年間10冊以上を担当する書籍のライターとして活動。ビジネス書から実用書まで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『道を継ぐ』など。