カメラに穏やかな視線を送る俳優の宮沢氷魚さん

宮沢氷魚さん「近くにいても知らなかったLGBTQのこと。みんなの想像力で社会はもっと変わっていくはず」

「MEN'S NON-NO」専属モデルを務めながら、2017年に俳優デビューし、以来ドラマや映画、舞台などに活躍の場を広げている宮沢氷魚さん。1月24日には初主演映画「his」が全国公開を迎えます。念願だったというLGBTQ作品への想いや自分自身の変化、これから挑戦したいことについてうかがいました。

LGBTQの友人たちのために、役者として貢献したかった

──俳優デビュー3年目にして、映画初主演を果たされた感想はいかがですか?

宮沢氷魚さん(以下、宮沢): これまで舞台とドラマの主演は経験したのですが、ずっと映画をやりたいという想いがありました。とはいえ、最初は不安が大きかったです。
主演のお話をいただいたのは、役者を始めて1年経つかどうかの頃。まだ自分に自信を持てず、知らないことも多いなか、主演となれば、チームを引っ張っていかなければいけないし、作品を背負うところもある。それでも、不安に勝るワクワク感の方が強く、絶対やりたいという気持ちに変わっていきました。この作品がキャリアに大きく残っていくからこそ、このタイミングでできる喜びと不安を同時に味わいました。

──今回、ゲイの青年役を演じられました。出演への迷いはありませんでしたか?

宮沢: 迷いは全くなかったですね。というのも、LGBTQを題材にした作品にずっと出てみたかったんです。役者としてのキャリアは短いですが、やっと念願が叶ったという気持ちでした。やりたかった題材の作品に出会えて、その主役を演じられるというのは光栄なことですから。

(C)2020映画「his」製作委員会

──なぜLGBTQ作品に興味を持っていたのでしょう?

宮沢: 僕は男子校のインターナショナルスクール出身で、多文化な環境に育ったこともあり、周りに当事者の友達が多かったんです。僕らは幼稚園からずっと一緒にいて、やがて思春期を迎えて、恋愛話もするようになると、彼らは「実は」なんて改まって言うことはなかったけれど、分かるじゃないですか、それだけ一緒にいたら。学校ではLGBTQに関する教育も受けてきたので、彼らの存在も至って普通という感覚でした。

それが、いざ卒業して社会に出てみたら、そんなに甘いところではなくて。現実に、とてつもない差別と偏見が存在していて、友達がそういう目に遭うと、何かできないか、でも何をすればいいのかと歯がゆい思いをしてきました。だから、役者として少しでも貢献したいという気持ちがあったんです。

telling,の取材に答える俳優の宮沢氷魚さん

LGBTQの現実について自分の無知さに気づき、一から勉強を始めた

──多文化な環境に育ったおかげで、今回の役を自然に演じられたと感じますか?

宮沢: 最初は自信がありました。自分なら他の方よりLGBTQへの理解がある状態で作品と向き合えるのではないかと。でも、蓋を開けてみると、詳しいと思っていた自分の無知さに気づいたんです。一から勉強し始めて、準備期間から撮影中、映画が完成してからも新しい発見がありました。

──LGBTQの現実について知らなかったこととは?

宮沢: たとえば、僕が想像していたよりも、実際の差別の度合いははるかにつらいものでした。特に今の日本は──もしかしたら世界的にもそうなのかもしれませんが、法律が追いついていないところも多いんです。
今回、LGBTQ当事者で弁護士の南和行さんが監修に入ってくださったのですが、劇中にも描かれているような裁判での不平等や、法が現実にどう対応していくのかといった課題についてうかがい、多くの発見がありました。

(C)2020映画「his」製作委員会

──南さんとお話しされて、何が一番印象に残りましたか?

宮沢: 南さんは何より「LGBTQの人々は普通にいる。その存在に気づいてほしい」とおっしゃっていて。LGBTQを普通ではない、遠い存在のように考えている人は世の中にまだ多い。そんな環境で自分に嘘をつき続け、自分に正直になれない人たちもいます。そんな方々にとって、救いといっては大げさですが、この映画が少しでも自信を持つきっかけになればうれしいです。

──今回の出演を通して、新たに見えたことはありますか?

宮沢: 近くに当事者がいても、僕自身はゲイではないために、考えてこなかったことがたくさんありました。共演の藤原季節くんとも話したのですが、普段、たとえば「好きな女性のタイプは?」といった異性愛を前提として質問を多く受けます。そのことに以前は何の疑問も抱きませんでした。でも、なぜ男性には当然のように女性が好きという前提で聞くんだろう。そうじゃない可能性だってあるのに、と。質問した人に悪気はなくても、そうした想像力や細かな気遣いをみんながもっと持てるようになれば、社会の状況も変わっていくのではないでしょうか。

telling,の取材に応じた俳優の宮沢氷魚さん

「氷魚は空気清浄機みたい」藤原季節さんとのバランスが心地よかった

──共演された藤原さんのことも教えてください。

宮沢: 季節くんは熱くて勉強熱心、とにかく考える人です。一方、僕は冷静なタイプ。彼が煮詰まっている時に、僕が無言で隣にいると「氷魚は空気清浄機みたいだね」って。感覚の違う二人ですが、お互いのバランスがとてもよかった。それは『his』のチーム全体にも言えることですね。

──役作りの上で意識したことはありますか?

宮沢: 今回演じたシュンは、僕自身に似ているところが多くて。胸の内にある想いを口にできなかったり、一人でいろいろ考えて閉じこもってしまったり。そんな共通点があったので、演じていて分からない瞬間や悩んだ時には、自分だったらどう考えるかと心に問いかけました。

(C)2020映画「his」製作委員会

──自分に問いかけたのは特にどのシーンでしょうか?

宮沢: 皆の前でカミングアウトするシーンですね。すごく勇気がいる行動ですし、自分だったらできるだろうか、と。何を失うのか、大きな代償を払ってまで伝える意味があるのか、それでも現状が苦しければ、やっぱり伝えることを選ぶかもしれない。そんな風にずっと問い続けていました。

昔の恋人からの贈り物は取っておく方だったけれど……人は変化するからおもしろい

──シュンのように、昔の恋人の写真や持ち物を大切にとっておく気持ちは分かりますか?

宮沢: 分かります。僕も昔はとっておく方でしたから。でも、もう必要ないかなって。新しい自分を発見する意味でも、過去に縛られすぎるのはよくない気がして。最近は断捨離に励んでいます。もう使わない物でも、もらった時の思い出とか会話とか、いろいろ思い出してつらいですけどね。今は潔く手放すようにしています。

(C)2020映画「his」製作委員会

──それは、心境の変化なんですか?

宮沢: ずっと捨てなきゃと思っていたんですよ。その一歩が踏み出せずにいただけで。ひとつ捨てたら、決壊したかのように、今はゴミ袋が満たされていくのが楽しいくらい。勢い余って、必要な物も捨てているんじゃないかって心配もあるんですけど(笑)。本当に必要な物は少ないんだなと改めて気づきました。

──宮沢さんの好きな言葉は「変化」だそうですが、20代後半を迎えて、自分自身に変化を感じていることはありますか?

宮沢: それはもう、毎日。この仕事をしていると、年齢も業種もさまざまな方に出会います。特にここ1年は、人との出会いから多くの刺激を受けて、物事をいろいろな方向から見られるようになり、考え方がどんどん変わってきています。数年ぶりに再会できた方とは、会わない間にお互いが変化しているから、また違った感じで話せたり。人っておもしろいなと。

──これからお仕事で挑戦してみたいことはありますか?

宮沢: オリンピックが近いですし、スポーツが大好きなので、世界の一流アスリートに取材してみたいですね。たとえば、マイナースポーツの選手に、なぜその競技を始めたのか、続ける意味や想いをたずねてみたい。僕はバイリンガルなので、通訳を介さずに英語でインタビューしたら、相手の素の部分がより見えてくるかもしれません。将来はスポーツに限らず、世界の映画監督や俳優さんなど、一流の方々へのインタビューや対談ができたらいいですね。

tellingの取材に応じた俳優の宮沢氷魚さん

──では、プライベートで挑戦してみたいことはありますか?

宮沢: 新しい趣味をつくることです。今、忙しいのもあるのですが、趣味と呼べる趣味がなくて。しいていえば、「お粥づくり」。お粥が好きで、多い時は週に何度かつくるんですよ。でも、もっとこう、グランピングみたいな、新しい趣味がほしい(笑)。うまく息抜きができている方って、どんなに忙しくても、ストレスや疲れの解消法を持っています。僕もそんな風になりたいなと。

●宮沢氷魚さんのプロフィール
1994年サンフランシスコ生まれ、東京育ち。2015年より「MEN'S NON-NO」専属モデルとなり、2017年にドラマ「コウノドリ」で俳優デビュー。以後、ドラマ「偽装不倫」(2019)「トドメの接吻」(2018)、映画「賭ケグルイ」(2019)、舞台「CITY」(2019)「豊饒の海」(2018)など、幅広い分野で活躍中。映画初主演作となる「his」では、同性のパートナーと生きようとする青年シュン役を演じている。

ヘアメイク:阿部孝介、スタイリスト:秋山貴紀

合同会社アーキペラゴ代表。グラフィック&WEBデザイン、文章、写真、旅する本屋など、様々な手段で価値あるコトを伝える媒介者として活動しています。外界の刺激を受け取りすぎるといわれるHSPですが、自分の特性を生かして社会と関わっていければと。慶應義塾大学法学部、桑沢デザイン研究所卒。東京生まれのミレニアル世代。好物は本と旅と自転車、風の匂い。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
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