尾野真千子さん「30歳になったら花開く。自分を信じたからこそ、焦らず頑張れた」
「30になったら役がある」を信じて耐えた下積み時代
――今回演じた久子は、犯罪者である恋人を待ち続けるという役柄でした。尾野さんは、恋人のことを待てるタイプですか?
尾野真千子さん(以下尾野): 20代の頃は待てなかったですね。遠距離恋愛とかも無理。短気だった(笑)
でも、今の私だったら待てる気がします。刑務所にいる彼のことを「あの人を受け入れられるのは私だけ」と待ち続ける久子に共感しました。所在はわかっている、ほかに女ができたわけでもない。そういう相手だったら、今の私は待つと思う。
――20代と今では、どんな変化がありましたか?
尾野: いろいろな経験をして「待つことの楽しさ」を学びました。釣りをするようになって、待つだけじゃなくて、待っている間にいろいろなことをしなきゃいけないということも学びました。
20代の頃は、もうちょっと待てば自分の時代がくるかもしれない、お芝居するのは今じゃないんだと思っていた時期があって。
というのも、1度お仕事したことがあるディレクターさんに「君は30になったら役がある」って言われたんです。
何の根拠もない30という数字だけど、それがすごく胸に響きました。焦りながら貧乏生活をしていた20代にその言葉を聞いて、「30までなら待てる。アリだ」と思いました。なんと、30歳で朝ドラのヒロイン役をいただいたんです。
――焦りながら待つ20代、長く感じたと思います。どんな努力をしていましたか?
尾野: 努力するというより、地道に毎日生活をしていました。オーディションを受けたり、営業に同行したり。あとは人生勉強ですね。
私たち役者の仕事って、いろいろな経験や、人との関わりがとても大事なんです。生活するために、バイトもたくさんしました。
不動産屋でお客さんに部屋を紹介したり、スナック、エステで働いたり……いろいろな経験をしました。やってよかったなと思った理由は、例えば、お酒の注ぎ方って、素人とプロの差がにじみ出るんですよ。こればかりは経験してみないとわからないですよね。
――そういう経験の積み重ねが役者としての尾野さんを作っているんですね。
尾野: 演技のためにやっていたわけではないけど、人間観察もよくしていました。スナックではママの所作を見て学んだし、レジ打ちの人の様を見て、「この人は愛想がいいな」とか。そうやって見ていたことが演技の中で「あの時見たやつだ」となる瞬間があるんです。今となれば、若い時にぽっと売れなくてよかったと思っています。
30歳というステージに上ったら、胸を張れるようになった
――30になる前と後で環境が大きく変わったと思います。その変化をどう受け止めていますか?
尾野: 30過ぎたほうが断然楽しいですね。芝居をやっていても胸を張ってやれることが増えたんです。20代の頃は、背中を丸めながら「これでいいのかな?」と悩みながらやっていたけれど、30になったら、怖いものがなくなり、自信を持って芝居ができて、胸を張れたんです。一人でお酒を飲んでいても板につく、みたいな(笑)。
ただ、堂々とするかわりに、気は遣うようになりました。若くもないし、大御所でもない。中間管理職的な。
――30代女性の中には「肩身が狭いな」と感じている人も多いと思います。
尾野: そんなの堂々と胸を張ればいいのよ!ただそれだけ。自分のことを「もう、おばさんだから……」って言いたがる人も多いけれど、それは絶対にダメです。今から言っていれば傷つかないという予防線かもしれないけれど、私はいくつになってもそんなことは言わないですね。自分より年上の女性に対しても失礼ですし、私はまだまだ若いと思っています(笑)。
女優しかできないと覚悟をしたら、あとから自信がついてきた
――尾野さんは普段から役作りをしないと聞きました。
尾野: 台本に線を引いたり、書き込みをしている役者さんをすごく尊敬しています。私は不器用だからそれができない。
最初に出演した映画『萌の朱雀』は、自分なりに一生懸命考えて演じていたんです。でも、監督から「本当にそれを感じたの?」「本当にそっちの方向に行きたいの?」と、現場で全部覆されました。その時「お芝居は嘘だけど、自分の気持ちに嘘をついてはいけない」と学びました。
芝居というのは、その瞬間に自分が思ったことや感じたことを表現するもの。そのスタンスでずっとやっています。
――このやり方でいいのだろうかと、迷った時期はないですか?
尾野: 実は滑舌で悩んだことがあります。改善の努力はしたのですが、当時の事務所の社長が「ボイストレーニングで真千子らしさが失われるより、真千子らしくいてくれる方が俺はいい」って言ってくれたんですね。
それからいろいろ言う人がいても、全然気にしなくなりましたね。自分らしくいればいいんだと思って。
――自分を失わずにいられるコツはありますか?
尾野: 自分を信じるしかないですね。
――それができないんです……。
尾野: 何でできないの?がんばろうよ!(笑)
私だって、急に自分を信じられたわけじゃないんです。だけど、こんな私をいいと思って映画に出してくれた人やドラマに出してくれた人がいます。悪口をいう人もいるかもしれないけれど、そんなのは耳に入ってこないんです。いいことしか聞かない(笑)。
ほめてくれる人がいるから、やっぱりこれでいいんだって思いを積み重ねてきました。
売れない時も、いつか大きな役をできるという、変な自信があったんです(笑)。
――その自信の源はどこにあったのでしょうか?
尾野: 私には結局「女優」しかなかったんです。学校の成績表なんて見せたら、ビックリされるくらいバカだったので(笑)。将来何になるんだろうとすごく悩みました。会社で働くのは無理、職業も選べそうにない、勉強も嫌いだし……と思っていたところに、女優の世界への道がパッと開けて。もう私にはこれしかない!って、そこで決めちゃったの。
勉強ができたら、もっと選り好みしていたかもしれない。芽が出るかわからないこの仕事よりも、確実な方向に行っていたかもしれない。そう思うとバカでよかったのかもしれないですね(笑)。
●尾野真千子さんのプロフィール
1981年生まれ。1997年、16歳で映画「萌の朱雀」主演で女優デビュー。2011年NHK連続テレビ小説『カーネーション』のヒロインを演じる。ドラマ・映画の出演多数。2019年11月15日(金)全国ロードショー、横山秀夫原作の映画「影踏み」では、主人公・真壁修一(山崎まさよし)の幼馴染の恋人・久子を演じている。
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「影踏み」
2019年11月15日(金)全国ロードショー
監督:篠原哲雄
原作:横山秀夫「影踏み」(祥伝社)
出演:山崎まさよし、尾野真千子、北村匠海
配給:東京テアトル (C)2019 「影踏み」製作委員会
■公式サイト https://kagefumi-movie.jp/
■公式Twitter https://twitter.com/kagefumi_movie