「自分の意見を持たずにいることは無責任」貫地谷しほりさんに聞く、本当のやさしさ
『私だったら』を考えて役作りしてはいけないと思った
――「子どもを一度手放した母」というつらく難しい役どころですが、最初に台本を受け取ったとき、どんなことを感じられましたか?
貫地谷しほりさん(以下、貫地谷): 最初にいただいた台本は、できあがった作品よりも衝撃的な内容だったので、率直に演じられるかなというのは考えました。私はそのときまだ結婚をしていなかったですし、子どももいない。ましてや親になったとしても、わからないかもしれない感情を持った女性を演じるということに、正直なところ気負いはありましたね。
なので、作品に入るときには、夫に「連絡が一切できないと思うんだけどごめんね」と言って没頭させてもらっていました(笑)。この業界の人ではないので、数カ月も連絡できないなんて、理解できない部分があったと思うのですが、温かく見守ってくれてありがたかったです。
――役づくりをする際に、「私だったら」を考えないように意識して演じられたそうですね。その理由はなぜでしょうか?
貫地谷: これから特別養子縁組を行って、家族として生きていく育ての親である五月たち家族の前に、子どもの生みの親だという一人の女が現れたら、大多数の方は五月たちに感情移入してしまうと思うんですよね。
私を含めて、多くの人が白黒つけたり、善悪の線引きをしたくなる中で「私だったら」を考えながら演技してしまうのは、エゴの押し付けになってしまうので、到底できることではないと感じました。だからこそ、「私」をできるだけ排除して役作りをすることに決めました。本編ではカットはされているのですが、撮影中に茜としての感情が爆発してしまうことも何度かありました。
生みの親として、子どもにとって何が一番大切なのか考えた
――印象的なシーンのひとつに、夕陽を浴びながら船の上でふたりの母が対峙し合うシーンがありました。「産んでいないあなたにはわからない」と育ての母に厳しい言葉を突きつけながらも、最終的には「自分たちは対等に母親なのだ」と落ち着く。あのとき、茜にはどのような心の軌跡があったと考えますか?
貫地谷: 私としては、茜は船に乗るときには息子を手放さなければならないとわかっていたんじゃないかと思います。だけど、やっぱり自分の想いを知っていてもらいたいと、五月に言葉をぶつけて受け止めてもらったんじゃないかなと。お互いにもっと言いたいこともあったと思うのですが、子どもにとって何が一番大切なのかを考えた結果じゃないかなと思います。
――今回の作品は、両者の立場にスポットを当てて、悪者をつくらない美しい映画だなと感じました。一方で、茜としては作品全体を通してもっと言いたいことがあったんじゃないかなとも思います。茜を演じられてどのような感想を持たれましたか?
貫地谷: 最初の台本では、茜が夫に暴力を振るわれたり、公園でほかのママたちが捨てたオムツを拾って子どもに履かせるシーンもあって、演じていても相当こたえました。
私自身もそのくらいやらないと伝わらないんじゃないかとも思ったのですが、最終的にでき上がった作品を観てくださった方の感想を伺って、ちゃんと伝わっていることがわかったので、これでよかったんだなと感じています。
自分の意見を持つことがやさしさの第一歩
――今回「子どもを持つ」ことが大きなテーマの一つになっていると思います。貫地谷さんご自身は子どもを持つことについて関心をお持ちですか?
貫地谷: 正直なところ、今まであまり考えたことがなかったんです。私の母は21歳で私を産んでいるのですが、母親になることは大きな責任が伴うことですし、私には到底できないことだと心のどこかで思っています。ただ、20代の頃はいつか経験するのかもという漠然とした想いはありました。
母親役は演じたこともあるので、子どもに対する愛情は不自然な感覚ではありませんが、自分のこととなるとまだ少しわからないかもしれません。
――ミレニアル世代の女性は出産のほか、結婚やキャリアなどさまざまな選択肢を迫られます。決断に迷う女性たちにエールを送るとしたら、どんな言葉をかけますか?
貫地谷: 後悔しないためにも、自分がどう思っているか、常に考えておかなくちゃなと私自身も思っています。
たとえば、選挙に行って誰に投票するか。自分の意見を持つことは後悔のない選択をするうえでも大切だし、やさしさの第一歩でもありますよね。強い言い方になってしまうのですが、簡単に意見が揺らぐような状態で人にやさしくするのは、自分にも他人にも無責任だと私は思います。ただ、毎日を忙しく過ごしていると、なかなか難しいんですけどね。
――ありがとうございます。最後に、この映画を観るみなさんにメッセージをお願いします。
貫地谷: 今回の映画を通して、最もつらかったのは、過激な報道や人の噂話が一度失敗した人の次の道を断ってしまうという現実です。茜は自分の子どもをやむを得ない理由で一度手放してしまったのですが、そもそも周りが手を差し伸べてくれていたら、手放すこともなかったかもしれない。
茜のような人は、隣の家に住んでいるかもしれません。「あの人、最近元気ないけど大丈夫かな」と想像力を働かせられるような、困っている人がもう少し周りの人を頼れるような、そんな社会になってほしいと思います。
●貫地谷しほりさんのプロフィール
1985年生まれ、東京都出身。2002年映画デビュー。映画『スウィングガールズ』(04)で注目され、NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」(07)でヒロインを務めた後、映画、ドラマ、舞台、ナレーションなど幅広く活躍中。初主演映画『くちづけ』(13)でブルーリボン賞主演女優賞受賞。その他、主な出演映画に『夜のピクニック』(06)、『ジェネラル・ルージュの凱旋』(09)、『パレード』(09)、『白ゆき姫殺人事件』(14)、『悼む人』(15)、『望郷』(17)、『この道』(19)、『アイネクライネナハトムジーク』(19)などがある。
スタイリスト:酒井美方子
ヘアメイク:北一騎
「夕陽のあと」
2019年11月8日(金)全国順次ロードショー
監督:越川道夫 出演:貫地谷しほり、山田真歩、永井大、木内みどり
配給:コピアポア・フィルム
©長島大陸映画実行委員会
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